忍者の弟子

 頭の頂点が痺れるような快楽だった。
 室内を見ていた視界は虚ろになり、花火のように色が広がっては爆ぜていった。心音と血流が耳の中に反響する。
 最初に確かな感覚が戻ってきたのは耳だった。玄関の扉をノックする音が聞こえる。
 低層の、それも低評価者向けの安アパートを訪ねるのにわざわざノックするような輩は客しかいない。
 彼は即座にそう判断し、電子ドラッグの受容体であるプラグを首の基部から引っこ抜く。鎮静部が再生される前に切断した影響で頭痛がした。
「今行く」
 頭を押さえながら玄関に声を投げかけると、ノックの音が止まる。
 扉を開けるとスーツ姿の男が立っていた。手を躰の横に、直立不動の姿勢。
 黒い長髪を首の後ろで纏めている以外は印象に残らない朴訥とした顔には茶色いARレンズの眼鏡。
 一目でその正体を理解したラッドは目を見開いた。
「ラッドさんですね。初めまして。テンリョウと申します」
 男の発言が終わる前にラッドはドアを閉める――が、男はドアの隙間に強引に躰を滑り込ませた。
 反射的にラッドは右手の人差し指と中指を折り曲げ、戻すと同時に手刀による突きを男の喉へと繰り出す。
 男はその一撃を難なく回避するとラッドの腕を取り後ろ手に拘束した。
「埋め込み式の合金爪か」ラッドの指先を横目に男が囁くように言った。「抵抗しなければ危害を加えるつもりはない」
「忍者がなんの用だよ」抵抗の隙を探りながらラッドが言う。
 男は無言のままさらにラッドを腕を締め上げる。
 開いたままのドアの向こうからヒールが地面を叩く音が聞こえた。
「彼はいたの? テンリョウ」女の声。
 その姿を確認して、下層には存在し得ないものだとラッドは感じた。
 音が鳴るほどに高く細いヒールに純白のスカート、紺色のガウンの肩にまで届く手入れの行き届いた艶のある灰色の髪。
 極めつけは頭頂部にある、髪と同じ色の猫耳。
 幻覚かと思うほどに目の前の女はラッドにとって現実離れしていた。

 サイバーパンク忍者の弟子話。巻き込まれ型主人公なのに巻き込まれ感を感じなかったのでボツ。

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