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逆噴射小説大賞

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逆噴射小説大賞の自作まとめ。ライナーノーツ的なものもここ。
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【逆噴射小説大賞2023】自作を振り返る

 逆噴射小説大賞とは、長編(あるいは短編かショートショートか)小説の冒頭(という体)で800文字の小説をぶつけ合う祭典である。
 今年は久しぶりの参戦ということで普段以上に気合を入れたところ、どちらもスキの数が過去の作品を大幅に超え、更にはいくつかの記事にピックアップされた。光栄なことである。

 逆噴射小説大賞2023の締切日10/31も、ひと月あまり過ぎ、改めて投稿した2作品を見返してみると、

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埼玉湾に沈む

 埼玉湾に釣り糸を垂らしながら、灰谷は火の消えた電子煙草を咥えている。
 かつて東京と呼ばれていた地の巨大なクレータ。その跡に海からの水が流れ込み、現在の埼玉湾を作り上げた。
 釣り糸が揺れる。灰谷はその反応を見逃さない。竿のしなりが彼の中の基準を超えたそのとき、竿を思い切り引いた。
 手ごたえあり。彼は確信する。釣り竿の先、仕掛けにコンピュータのディスプレイが食いついていた。
「ほぉ! ディスプ

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呪孵し

 暗闇の中で石を飲む。うずらの卵程度の大きさのものを選んだが、丸呑みするのはやはり辛い。唾液を溜めるのがコツだと母が言っていたことを毎度思いだす。
 苦しみに耐えどうにか嚥下し、水を飲む。石以外何もない胃に流れこんでいくのを感じる。
 冷蔵庫で冷やしてあったにも関わらず胃の中がわずかに熱を帯びた。成功だ。
 部屋の照明をつけ、儀式の痕跡を片付ける。
 儀式の影響で冬も近い時期だというのに汗が止まら

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夜は誰のもの?

 光差す天蓋を少女は睨みつけた。常陽の世を今日終わらせるために。
 今世、夜は個人の権利に成り下がった。
 戦争の影響で巨大なドーム内でしか人類が生きられなくなってから、その管理を一手に引き受ける電力会社は肥大化し、政治をも支配した。
 自らの権威を象徴するかのように彼らはドーム内から夜を奪っている。
 ”民間人”が煌々と輝き続ける人口太陽の光から逃れるには対価を支払う必要があった。
 暗闇、影、

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複製人間哀愁歌

 火葬場で彼女の遺体が処理される。
 近くでは彼女の両親が肩を寄せ合い、それを見て私は後悔に肩を震わせる。
(言えない……まさかあの遺体はクローンだなんて)
 きっかけは同棲中の彼女が会社の出張で木星に行くと決まったときだ。地球との往復の時間を考えると三年ほど時間的な拘束をされることになるとのことだった。
 三年も彼女と離れ離れなんて耐えられない!
 そこで私は彼女の衣服からDNAを搔き集め、職場

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心豊かに

 ビールが飲みたい。座り心地の悪い椅子に座って配給の甘ったるいジンジャエールを飲みながら、そんなことを思った。
 ビール。口に出せば警告を受けるが、思想なら問題ない。思想の自由は侵さないというのが奴らの謳い文句だ。奴らが何もかもを管理するようになってから人々は無口になった。
 数年前の生産規制法であらゆるアルコール飲料は規制、破棄された。それはつまり、想起させるようなイメージや文字による表現も禁じ

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百年後のマイルストーン

 暗闇の中、ヘルメットのディスプレイを見つめる。眼前には再接続中の文字。この宙域の光波通信は接続が不安定だ。
 接続完了の音で安堵する。
「つまり宇宙葬用の棺の回収中に閉じ込められたと。中身は?」同僚のオペレータの声。
「抱きついたままだ。身動きができない。作業ボットを寄こしてくれ」
「それなら人形を向かわせますよ。そっちのがいい」
「さすがプレコグ。ありがたい」
「僕の予知はその宙域まで見えませ

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