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阿吽の呼吸が合うまでは


※有吉佐和子文学賞に出していたもの。
 供養します!



 結婚して一年が経った。
専業主婦になる前、わたしに毎日ごはんが作れるのか、と母に話していたころが懐かしい。主婦二年目に入っても、掃除・洗濯・料理の全てが修行中であることは変わらないままだ。埃を見つけてから掃除を始めるわたしは、完璧に家事をこなしているとは言えないだろう。それでも夫は「美味しい」「風呂洗ってくれて(布団整えてくれて)ありがとう」と言ってくれる。やってよかったと思えるので、わたしも夫が皿洗いをしてくれるときは感謝を伝えるようにしている。


 仲が良い(とわたしは思っている)関係だが、結婚二年目に入るまでのわたしたちは大なり小なりの喧嘩を何度もしてきた。わたしは夫のドアの閉め方や足音の大きさが気になり、夫はわたしの小言が気になった。互いに胸に引っ掛かるところが異なるので、解消していくのか許容していくのか、譲り合わなければいけない問題がいくつも出てきた。最大の喧嘩では「あ、そこ?」と思うところが原因になった。わたしがさりげなく体調不良だと言ったことが伝わっておらず、夫に気遣ってほしいのに気遣ってもらえなかった、という理由から不満が噴出し、言い合いになったのだ。


読み物で「自分の思っていることはハッキリと言わないと、相手に伝わらない」と書いてあるのを読んだことがある。頭ではふーんと理解しているつもりだったが、そうは言ってもウチの人は分かってくれるでしょ、と他人事に感じていたらしい。夫婦と言えども一人と一人の繋がりで、家族であっても違う考えを持っている人間の集まりだという意識が抜けていた。実際、言葉に出さないことが原因の喧嘩をして、気持ちを伝える重大さがようやく「理解」できた。


 わたしと夫は好みが正反対なので、譲り合い以外にも擦り合わせが必要だった。ぬるま湯に入りたいわたしと、江戸っ子風呂のような熱々の湯に浸かりたい夫。洗濯物を裏側で干したいわたしと、どっちでもいいよーの夫。靴下やタオルなどの畳み方問題もあった。反面、役割分担がうまくハマる。ペーパードライバーのわたしと運転が好きな夫。旅行の計画を立てるわたしと、移動方法について考える夫。互いに苦手な食べ物があっても、大抵相手が食べてくれる。違う考えの人間が衣食住を共にするのは大変だと思いながらも、おもしろいなぁと興味深くなる。


 小学生のころ、わたしは夏休みになると祖父母の家へ遊びに行っていた。近所にお寺があって、通り過ぎるたびに山門の左右に立っている木像が気になった。一度、門の真ん前に立ち、じっくりと見つめてみたことがある。二体の像はどちらも筋肉隆々、厳めしい顔。お寺に入ってはいけないんじゃないかと怯んでしまうほどの見た目をしていた。口元はそれぞれ「あ」「ん」と結んでいる。二体の姿形は双子みたいによく似ていて、わたしは右左右左と何度も見比べた。当時は知らなかったけれど、見ていたのは阿形と吽形と言われる二体で一対の仁王像だ。お寺の門に安置されているのは、仏敵が寺に入ってくるのを防ぐ役割があるという。



 部屋でわたし一人の日中、昔見た阿形と吽形の姿を思い出す。寺を守るためにいるのが仁王像ならば、家庭を守っていくのが夫婦なんじゃ…とはっとした。わたしは「家庭」と書かれた四角い物体を脳裏に思い浮かべた。夫とわたしがお玉やフライパンを手に持ち、「家庭」の前でドンと構えているイメージができる。お互いの苦手なことは補い合いながら、喧嘩や病気、転勤などの問題発生時には話し合って協力し、撃退していくのだ。    


 国語辞典には「すもうの仕切りなどで、立ち上がろうとする気持がぴったり合う」ことを、阿吽の呼吸が合うと説明していた。苦しい稽古を重ねている力士を思うと、わたしたち夫婦の息がぴったりと合うまでは時間が掛かるだろう。これから何度も何度もぶつかり合って、試行錯誤を繰り返していかなければならない。まずは阿吽の呼吸への第一歩として、自分の気持ちを態度ではなく言葉にすること。伝えあうのを諦めないこと。これらを続ける努力をしていければ、自然と相手のことを考えられるようになるかもしれないと思う。
阿吽の呼吸で初歩的なのは、何も言われずともリモコンを手渡せるようになることだろうか?
わたしの最終目標は、家電量販店や物産展へ買い物に行き、店員さんに接客されたそのときにチカラを発揮することだ。予算オーバーだからやめておく?それとも買っちゃう?という意思が通じ合えていると嬉しい。


 もし言葉にすることをなまけ始めたときは、夫婦最大の喧嘩と、山門に立ち続ける仁王像を思い出したい。外だけでなく、わたし自身にも目を光らせて、同じ轍は踏まぬよう強く戒めていこう。おまけに夫への小言も程ほどに。わたしたちは家庭を守る阿吽夫婦になるため、二人で精進していく。



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