女郎蜘蛛とタイマンを張る。【ユーモアエッセイ】
夕暮れ過ぎ、友人の結婚式に出席するため、某ショッピングモールに入っている、まあまあ洒落たテナントでパーティードレスを買うことになったのは、20代前半のころ。
ご祝儀や美容院の予約などを含めると、遊び盛りで貯蓄などほとんどなかった私には、中々きびしい臨時出費である。
安くもなく高くもなく、けれど、それなりに見えるドレスを私は物色していた。
値札を見ると、どれもこれも一着2万円は下らない。
まぁフォーマルはそんなものか、と諦めながら財布の中身を思い出していた。
2万5千円はある。大丈夫だ。へへ
時間も遅かったものだから、少々焦りながら見ていたら、背後から、店員さんが声をかけてきた。
内心、放っておいてくれと邪険に感じながらも、無視できない弱い私は、彼女の蜘蛛の巣にまんまとかかってしまった。小さなコバエだ。
「御呼ばれ用ですかぁ?こちらなどお客様にお似合いかと!」
と、一着のドレス片手に腰くねくね。
えらく圧のあるキーキーする声色の裏には『ぜってー買ってもらうぜ!高いやつをね!』だけの沸々としたマグマだと一瞬で分かった。
それでもはっきりと突き返せなかった私は「あ~ええ、まぁ…」などと曖昧な返事をして、見るからに高価そうなデザイン製の黒ドレスを手にした。
隙を見て値札を見ると、5万円は超えていた。
ふざけるな。
この店の平均点を大きく超えている商品を出してきたナッ。
私は一瞬でスイッチが入った。
脆弱だが、あの頃は若かった。
彼女のような人間性をとても許せない性分の一面がペロッと顔を出してしまった。
私が顔色を変え、唇を歪めたのを彼女は見逃さなかった。「また来ます」なんて言われて店を出て行かれたらせっかくの売上が台無しである。
慌てて、彼女はこう言った。
「あ、どういったタイプの物を…あ、ご予算ですよね!いくらくらいで?」
ははぁ〜ん、そうきましたか。
騙されないんだからね。
「2万円以内で、派手すぎない黒が良いです」
私は正義の味方、ピンクレンジャーと化していた。
「それでしたらぁ、、、」
と、テカテカ光る唇の下に人差し指を当てながら、辺りを見渡す蜘蛛店員。
しかし私は巣を拳で破り「これでお願いします」と、既に目をつけていた18,000円のドレスを手にして彼女に渡した。
平均点以下のを買ってやるぜよ!
女郎蜘蛛は引きつった笑顔を見せ、続いて何かを思いついたかのように細長い指をゴニョゴニョ動かして奇妙な笑みを漏らした。
「ショールはお持ちですか?」
「持っていません」
「あら!そう!ショールはあった方が良いですよ~!これとか!」ゴニョゴニョ。
なんと、派手派手なラメ入りのショールを棚から取り、広げ、私の背後に回って掛けてきたではないか。
ショールについてはネットで購入予定だった。
ここでは買う予定はない。そもそも1万円弱もするじゃないか。
「とってもお似合いですよ〜!」ゴニョゴニョ
むむむ、、、
これでは拉致があかないと思い、私は思い切ってウソを告げた。
「ネットで買う予定ですし、2万円しか持っていないので。いらないです」
すると女郎蜘蛛は、半笑いで髪を掻き分け、客に対して耳を疑うようなことを失言てしまった。
「一階にATMがありますが?待っていますから。さあ行ってきて良いですよ~!」ゴニョゴニョ。
このお方は売りたくて仕方ないのだ。
売りたい気持ちが先走り、客をATMへと行けと恥じらいもなく命令した。欠陥対応である。
私が誠実に戻ってくるとも考えず、目先の成績だけを見ていた。
その一部始終を見ていた別の店の方が、慌てて仲介に入った。
「こちらのドレスだけのお買い上げでよろしいですか?」
だけの。
そうだ、だけのお買い上げだ。
その瞬間、女郎蜘蛛が顔を背けた。
ケッと糸を吐き出しつつ、ため息をついたのを私は見逃さなかった。
これまで色んなショップ店員さんを見てきたが、こんなにも売れ売れドスコイみたいなショップ定員は初めてだった。
ドレスはたったの2回しか着用することはなく、年月だけが過ぎ、タンスの肥やしになっている。
18,000円ではなく、8,000円のモノでも良かったのではないかと今になって思う。
意地になった勢いで買ってしまったが、正解だったのだろうか?
これも女郎蜘蛛の策略だったのだとしたら…。
ゴニョゴニョにはご注意を。
最後までお読みいただきありがとうございました★
また来てね!
~おまけ~
試着しなかったものだから、いざ着てみると、小柄な私には少々大きく感じたが、まぁまぁ良いドレスだった。
私の親友に、ショップ店員をしていた経歴を持つ人がいる。
大手百貨店の婦人服専門店だったが、第一にお客様の気持ちを優先していたようで、とても人気があった。
彼女の選んでくれる商品なら買いたいと言ってくれた婦人もいたという。
そんな彼女はいくら二日酔いが酷かろうと、電車に乗って出勤していた。
小さなテナントだったものだから、二交代制で、たった一人で店を見なくてはならないようで、二日酔い言い訳に休むわけにはいかなかったらしい。
私は、二日酔いを体調不良と偽って、ずる休みすることもあった一般事務員の端くれだった。
会社が嫌で嫌で仕方ない気持ちも手伝っていたが、しかし、ピンクレンジャー正義感云々が恥ずかしい限りだ。
サポートいただいた暁には喜びの舞を心の中で踊りたいと思います。今後の活動のパワーになります。