『バイリンガルの世界へようこそ』

『バイリンガルの世界へようこそ』

フランソワ・グロジャン『バイリンガルの世界へようこそ――複数の言語を話すということ』勁草書房。
読んで興奮しすぎたので、私個人の経験を紹介しながら、以下に思いをまとめてみた。

読んだ動機

ある本を読む際にさまざまな動機があるだろう。
・勧められた
・売れている、話題になっている
・好きなジャンルやもともと興味のあったテーマを取り上げている
・好きな著者が書いた
・たまたま本屋で見かけて、装丁などが気になった
など、本を手に取る動機は無数にある。

私の場合、『バイリンガルの世界へようこそ』を読もうと思ったのは、
・勁草書房の新刊
・私自身がバイリンガル
・以前から興味があるテーマ
・バイリンガリズムに関する論文も書籍も読んだことがなかった
といった動機が絡まって生じたからだ。
私自身が幼少期より日仏バイリンガルだということもあり、当然のように以前から興味があったテーマだが、今までバイリンガリズムに関するまとまったものを読んだことはなかった。理由は「あまりにも当事者すぎる」から。「読んで嫌な気持ちになるかも」「私の言動を否定したり、批判したりする記述があるかも」といった先入観が少なからずあった。

それでも、今回は「幼い頃からの訓練が必要? 早い時期からバイリンガルになると、言語習得が遅くなる? バイリンガルにまつわる誤解を解消する。」という文句に釣られ、ついに読むことにしてしまった。これが大正解だった。

少々自己紹介を

本の話に入る前に、私自身がどういった当事者なのかを記しておく。

東京生まれ。父と伯母と叔母は幼少期より日仏バイリンガル(伯母は14歳から英語の学校に通い、現在では英語が支配言語)。母は大学からフランス語を学び始め、トドロフの本も読めれば、フランス語の映画を字幕なしで鑑賞でき、フランスでの日常生活も問題なく送れるほど高度なフランス語運用能力を身に着けている。さらに言えば、父方の祖父母もフランス語ができるし、5歳年下の日仏ハーフの従妹はフランス語が母語だ。
フランス語まみれの家庭に生まれた私は3歳の時にブリュッセルに引っ越し、現地のフランス語の幼稚園に入った。母の証言によれば一年ほど通ったところでフランス語が喋れるようになっていたらしい。

7歳の時に東京に戻り、小学校1年生の途中から地元の学校に通い始めた。当時はフランス語の読み書きは年相応にできたが、日本語はひらがなしか書けず、カタカナは苦手で、漢字は「目」しか知らなかった。しかし、後れを取っていた分は母の手伝いもあり、すぐに取り戻せた。

この間、父によるスパルタ・フランス語教育が行われた。詳細にはついては後述する。

10歳の時にまた父が転勤になり、今度はパリに引っ越した。現地校に入り、補習授業を特別にやってくれる先生のおかげで、問題なく小学校を卒業し、地元のバカみたいにブルジョワなエリート中高一貫校みたいな学校に進学した。そして、バカロレアを取得して、帰国し、帰国子女入試を受け、大学進学した。なお、この時点で支配言語はフランス語で、本当に日本語が下手だった。

ちなみに、「帰国子女だから英語できるんでしょ」と数えきれない回数言われてきたが、フランスの中学校の時から通常のカリキュラムの中で英語を学んできたし、(大してうまくないが)「やっぱり帰国子女は英語がうまい」と言われても、単に英語が好きで勉強してきたというだけの話。帰国子女であることと私の英語のレベルにはあまり関係はない。

「何歳であっても、私たちはバイリンガルになれる」

ここまで読んでいただいた方の中には「典型的なバイリンガル」「帰国子女だからバイリンガルになれた」などと思った方もいるかもしれない。おそらく典型的ではないが、「帰国子女だからバイリンガルになれた」という点に関してはどうにも否定しがたい。
しかし、本書は「何歳であっても、私たちはバイリンガルになれる」と主張している。これは定義の問題だが、著者はバイリンガリズムを「二言語またはそれ以上の言語や方言を日常生活の中で定期的に使用すること」としている。母語のように話せる言語が複数あることを指しているわけではない。だから、生まれや育ちとほぼ関係なく私たちはみんなバイリンガルになれる。もちろんバイリンガルが偉いわけではないので、バイリンガルになるべきだと私はまったく考えていないが、「キコクは簡単に外国語を習得できていいよな」といった趣旨のことを何度も言われ続けた者としては、著者のこうしたバイリンガリズムの捉え方はとても心強い。

バイリンガルの中にモノリンガルが二人住んでいるという幻想

著者は「複数のモノリンガルが一人の人の内部にいるのではない」とし、バイリンガリズムを全体論的アプローチから語っている。つまり私がフランス語で喋る時に「フランス語モノリンガルのえり子」が登場し、日本語に切り替える時に「日本語モノリンガルのえり子」と入れ替わるわけではない。著者の論によれば、言語を切り替える場合は、ある言語が活性化され、他の言語が不活性化される。つまり、日本語で喋る時はフランス語は不活性化されているだけで、日本語モノリンガルになっているわけではない。当たり前のことだが、日本語を使用していても、フランス語が聞こえてくれば、フランス語が活性化されるだろうし、片方の言語が完全に活性化されている時に、もう片方の言語が必ず完全に不活性化されているわけではない。

以上のことはバイリンガリズムの知識を持った人などには当然のことかもしれないが、私自身は今まであまり理解してもらえなかった側面のように感じる。だから、「複数のモノリンガルが一人の人の内部にいるのではない」という一言は「自分を理解してもらえた感」と「自分を理解できた感」の両方をもたらしてくれた。

コード・スイッチングが私をさいなむ

「コード・スイッチング」という言葉を私は知らなかったが、ある基盤言語を喋っていても、急に単語・節・文の単位で別の言語に移行することを指すらしい。日英バイリンガルの友人が以前「~って上司が言ったきたんだよ!Can you believe it?! ホント無理、あのジジイ」と言っていた。彼女との会話は普段から日本語で行っているが、彼女はちょっとした時に英語へ移行する。この現象はバイリンガルの間では頻発する。
私自身、近年はだいぶ減ったが、コード・スイッチングをしょっちゅう行ってきた。中高時代は特に日本語が下手だったせいで、両親とは日本語で話していたが、フランス語の単語や節を入れないとコミュニケーションがとれなかった。
また、あまりにも日本語が下手で、父の日本人の同僚からの電話に出たり、母の日本人の友人と話したりすることが心の底から嫌だった。なぜならば、コード・スイッチングが使えないと思い、頑張って日本語で喋らないと、と緊張してしまうからだ。今から思えば、相手はフランス在住なので、多少はフランス語ができる人たちだったため、コード・スイッチングを行ってもよかっただろう。おそらく通じたと思う。しかし、当時の私はコード・スイッチングは家族の中でしか通用しない、恥ずかしい行為だと考えていた。私にとってコード・スイッチングは、母語である日本語が下手だという恥ずべき事実を他者に開示する行為に外ならなかった。

だが、著者はいう。

〔コード・スイッチングは〕知的怠慢とは何ら関係ありません。それは、単にもう一つの言語で語る方がよく表現できるからなのです。

子供の時に誰かに言ってほしかった。

日本語を話しても完全には不活性化されないフランス語――干渉

ある言語を話すとき、バイリンガルはもう片方の言語を不活性化する、と記したが、著者は「一方の言語がすっかり不活性になることはほとんどなく、これはバイリンガルの産出する干渉によってわかります」と論じている。干渉とは「別の一言語、あるいは複数の言語が存在する話者が、一つの言語を話すときに生じる特別な逸脱」だ。また、「干渉は言語運用のあらゆるレベル(音韻、語彙、統語、意味、語用論)や、あらゆるモダリティ(口語、文語、身ぶり)で起こり得る」とのこと。

個人的に、日本語がうまくなってから干渉が大きく減少したように思う。たとえば、子供の頃は「勉強した」と言いたいのに、「働いた」と言ってしまうことが多かった。なぜならば、「勉強する」も「働く」もフランス語ではtravaillerという同じ動詞だからだ。
だが、近年パートナー(日本語モノリンガル)に「フランス語を喋るみたいに日本語を喋るのやめて」と言われた。彼とは日本語でしか話さないし、フランス語学習歴がない彼とはコード・スイッチングはまったく行わないため、身に覚えがなかった。ただし、よくよく考えると、二つ思い当たるケースがあった。
一つ目は大袈裟な数を用いる表現だ。たとえば、彼は洋服を買う時に時間をかける。すぐに飽きてしまう私はしばしば「あと100万年かかるの?」と揶揄する。これに対し、彼は「は?100万年かかるわけないじゃん」と答え。まったく微笑ましくない、仲が悪そうなカップルに見えることはさておき、彼の反応は私の発言を文字通り受け止めていることに起因するのみならず、日本語ではこうした表現が一般的ではないからだろう。フランス語でこうした誇張はごく一般的に使用する。Ça fait 3000 fois que je te le disは直訳すれば「もう3000回も言ってるじゃん」となるが、おそらく「もう何度も言ってるじゃん」と訳す方が日本語としては自然だろう。
もう一つのケースは疲れて、イライラしているとき。パートナーといるため、日本語しか使わないモノリンガル・モードに入っているのだが、罵倒の言葉が日本語には少ない。そのため、どうしてもフランス語の汚い言葉が出てきてしまう。このことを、言うまでもないが、パートナーはよく思っていない。

以上を踏まえると、私の場合、日本語の知識および使用頻度が高度であり、かつ生活上の優勢言語が日本語であるにもかかわらず、こうした思いもよらないところで、フランス語による干渉が生じている。一方で、日本語が私のフランス語に干渉している可能性もあるが、今のところこういったケースは見当たらない。

言語を忘れる

子供がバイリンガルになるためには、言語を使用する必要性がないといけない。つまり、必要性が消滅すれば、習得していた言語を喪失する可能性がある。

父によるスパルタ・フランス語教育を日本の小学校に通っていた時に受けたと書いたが、父がまさに恐れていたのはフランス語の喪失だ。せっかくフランス語をベルギーで習得し、バイリンガルになったのに、フランス語を忘れてしまったらもったいない、と思っていたのだろう。
そのため、父は週末になると私にフランス語のディクテーションを強いた。今なら、フランス語を維持するための素材をインターネットでいくらでも収集できるだろうが、当時はそんなものはなく、家にあったフランス語で書かれた子供の本を父が読み上げ、私が書き取っていた。書き出したあとは、二人で答え合わせをし、スペルが間違っているところを父が指摘し、なぜ間違っているのかを解説してくれた。「これはadjectif(=形容詞)だから、nom(=名詞)と合わせる」などと説明をしてくれた。今から思うと父は本当に大変だったと思うが、子供の私にとっては地獄以外の何物でもなかった。
その他にも、毎晩父と私でフランス語の本の読み上げをやっていた。ロアルド・ダールなどの仏語訳を読んだ記憶がある。

私の周りには子供の頃バイリンガルだったが、使用の機会や必要がなくなり、片方の言語を喪失した人がいる。それは必ずしも悲しいことではないし、当然の現象だ。だが、こうした現象が当たり前に生じるという現実は、バイリンガリズムの維持には、場合によっては相当のコストがかかることを私たちに突きつける。一端バイリンガルになったら一生バイリンガルであるわけではないし、幼少期に「簡単に」バイリンガルになった人が、自身のバイリンガリズムを維持するために時には多くの時間と労力を費やしていることはもっと知られていい。父はフランス語を使用する機会が全くない事態に陥った私に、フランス語を使用する機会を提供し、フランス語の維持に大きく貢献してくれた。(ただし、日本語を忘れることはない、と思っていたのか、父はフランスに引っ越してからは全く私の日本語学習に力を入れていなかった。そのため、国語の素養が私には全くないし、小学校4年生の途中以降に学校で学ぶ漢字はすべて独学だ)

当事者が読むこと――言葉と癒し

冒頭で「読んで嫌な気持ちになるかも」「私の言動を否定したり、批判したりする記述があるかも」といった先入観があり、今までバイリンガリズムに関する著作を読んだことがなかったと書いた。つまり、私はずっと怖かった。

何が怖かったのか。バイリンガリズムやバイリンガルに対する批評。自分がバイリンガルを名乗る資格があるのか。バイリンガルとして正しい存在なのか。こうして書き出してみると実にバカらしく、怖がることは何一つない。それでも、やはり言語に関する周りの目は大変に厳しく、傷つかずにはいられないこともある。「日本人なのに」、「キコクだから」などと言われ続け、どんなに慣れても、無理解に対して悲しみを覚え続ける。
本書も、「バイリンガルの人々は、自分の言語能力に対する価値を過小評価する」ことがわかっていると指摘しているので、私だけではないだろう。

言語能力の過小評価といえば、大学院で知り合った同期との会話を想起する。彼女は朝鮮学校出身者で、日本語を先に習得し、その後朝鮮語を覚えた。まったく似ていない環境で育ったが、二人ともバイリンガルで、植民地や移民に関心を寄せていたこともあり、仲良くなった。そして、たまに話題にのぼったのが、「英語ができない問題」だ。二人とも二つの言語を母語のように操っていたため、自分たちの英語のレベルをとても低く感じていた。「日本語と朝鮮語に比べると英語は全然できない」と彼女は言い、「私も日本語とフランス語に比べたら英語なんて全くできないのと同じ」と私は応戦した。バイリンガル同士の冗談という側面はあるものの、いかに私たちが言語の運用能力に高いレベルを要求しているかが窺える。
このエピソードは「怖かった」という話とつながるものがある。すなわち、「言語ができる」を「母語と同等に言語ができる」と捉え、そこから逸脱したら「言語ができない人」に陥る、と私は考えていた。こうした考えは、一般的に支配的な「バイリンガル」に対する高い期待、あるいは厳しい要求に基づいている。結果的にがんじがらめになって、日本語やフランス語に対する強い自信を持ちながらも、矛盾するかのように、「バイリンガルとして相応しくない者に転落すること」を常に怖がってきたように思う。

「言葉と癒し」と仰々しい見出しを付けたが、本書は間違いなく「癒し」を与えてくれた。当事者を冷静に分析しながらも、当事者を尊重し、異なる当事者がたくさんいる、という前提に立っている。私の知らない事象がたくさん記述されているが、私に当てはまることが大量に語られており、今までぼんやりと感じていたこと、思っていたことを明確な概念を以て説明してくれる本だ。思いや事象に言葉を当てはめることは時に当事者の癒しになる。

著者は「バイリンガルがそのようなものとして自分自身を受け入れられるようにと、書籍や、論文、ブログといった著述を通して戦ってきました」と書いている。著者本人もバイリンガルであるが、こうした戦いを引き受けてくれたことを有難く思う。

本書が多くの読者に届き、バイリンガルに対する誤解がますます解かれていくことを望んでやまない。

とても長くなってしまった。ここまで読んでくださった方はいるだろうか。一人でもいるならば嬉しく思う。心から感謝したい。

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