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【読書感想文】目の覚めるような新しい価値観をボンボン植え付けられる1冊。『女ふたり、暮らしています。』

今回紹介するのは、キム・ハナ、ファン・ソヌ 著、清水知佐子 訳の『女ふたり、暮らしています。』です。

著者は韓国でコピーライター、エッセイスト、しゃべり屋(ラジオやポッドキャストの進行役)として活躍するキム・ハナと、ファッションエディターを経てメガネメーカーに勤める会社員のファン・ソヌ。

本書はこの2人がいかにして出会い、意気投合し、飼い猫4匹も含めたルームシェア生活を始めたのかや、共同生活だからこそ起きる喜び、悩み、喧嘩などを描いたエッセイです。お互いが同居人の行動や人柄、そして自分自身の感情や考えをユーモラスな表現で綴っているのがとてもおもしろい1冊となっています。

●住宅ローンは人を成長させる(?)

この本にはいくつもおもしろい箇所があるのですが、紹介しきれないので、今回は3つのみ掲載します。

そのうちの1つが、「私を成長させたのは八割がローン」という節。2人はルームシェア生活を始めるためにマンションを買うのですが、そのときに住宅ローンを組むことになります。

住宅ローンと聞くと「大きな借金」「高齢になっても払い続けなければならない負債」というネガティブなイメージがつきがちですよね?著者の1人であるファン・ソヌも「逃れられない荷物をずっしりと背負わされた」と語っています。しかしいざローンを組み、返済が始まったときのファン・ソヌの思考は、とてもポジティブなものでした。

かいつまんで言うと、私たちはきっかり一年でローンの半分を返済した。借金が嫌で、借金を抱えている状態が嫌で、ほかのことにお金を使わず、一生懸命返した結果だ。人生最大の買い物である家を手に入れてしまうと、ほかにほしいものも特になかった。一番好きな飲み友達が家にいて、私が自由に使えるキッチンがあるのだから、外にお酒を飲みに行く理由もないし、家で遊べばよかった。仕事のストレスをショッピングで解消したり、旅行に行ってこまごまとしたかわいらしいお土産を買う楽しみよりも、数百万ウォンずつ貯めてローンの残高を減らしていく面白さと精神的補償の方がずっと大きかった。(中略)
大金を借り、返しながら、私はほんの少し度胸がついた。そして、もう一つ得た教訓は、自分が恐れている何かが永遠に避けられないものなら、正面からぶつかってみるべきだということだ。ずっと留まっていた安全地帯の外に一歩踏み出せば、思っていたほど大きな危険はないことに気づく。怖がりな人ほど、危険な状況をそう簡単に作り出すことのない自身の本能的な感覚を信じてみてもいいかもしれない。

キム・ハナ、ファン・ソヌ 著、清水知佐子 訳の『女ふたり、暮らしています。』より


要は「借金は悪いことでありとても重い負債だと思っていたけど、 実際にローンを組んでみたら借金をある程度許容できるようになったし、メンタル的に強くなれた」というわけです。自分がよく知っている「安全地帯」から一歩踏み出してみることで、世界の見え方が大きく変わったわけですね。

もちろん借金によって人生が崩壊してしまった人たちもいるので、一概にローンを組んだほうがいいなんてことは決して言えませんが、著者にとっては自分の新たな一面に気づくきっかけとなったようです。「住宅ローンで自分が成長できた」とはっきり書く人は見たことがなかったので、この部分はとても印象に残りました。

ただ、繰り返しますが、住宅ローンは数千万〜数億円にのぼるとても大きな借金ですので、簡単に組まないようにしましょう……。

●共同生活の効用について

「ルームシェア」と聞くと、ワクワクする反面「それぞれの価値観や生活リズムの違いなどでしょっちゅう喧嘩しそう…」と私は思ってしまいます(笑)。しかしキム・ハナによると、共同生活には一人暮らしでは得られないメリットがあるんだとか。

「誰かと一緒に暮らすようになってよかったことの一つは、相手が気分転換の協力の要因になるということだ。必要以上に考えたり、不安に脅かされたりすることが明らかに減った。(中略)家の中に誰かがいるという事実だけで得られる心の平和みたいなものもある」

「(エネルギッシュな同居人に影響され)いつも本を手に路地を歩くのが好きだった私が、水泳を習い、本格的に自転車に乗りはじめた。(中略)やっぱり人は意志だけで変われるものではない!誰かと一緒に暮らすのか、どこかで暮らすのかということは、人生における重大な要因だ」

キム・ハナ、ファン・ソヌ 著、清水知佐子 訳の『女ふたり、暮らしています。』より

考えすぎてしまう性格の人の場合、一人暮らしでしゃべる相手がいない状況だと、自分との対話の時間が長くなって、なかなかモヤモヤから脱却できないということがありますよね。しかし他人といれば何かしらの会話やコミュニケーションが生まれるので、自分の心に引きこもる隙がなくなるのかもしれません。

また今まで興味がなかったことに興味を持ち始めたり、新しい趣味や習慣が始まったりと、自分の殻をやぶるような体験がたくさんできるのもルームシェアのメリット。「やっぱり人は意志だけで変われるものではない!」とあるように、自分を変えるのは「意志」ではなく「周囲の環境」なのだというのも、私にとっては学びになりました。

●単身か結婚か、だけが人生じゃない

最後に紹介したいのは、この本で語られている「家族の形」についてです。

それを話す前に、まず2人の家族がこのルームシェア生活をどう見ているかについて触れると、双方の家族とも大賛成&大肯定。それぞれの家族が2人のシェアハウスに行き、一緒にご飯を食べお酒を飲むくらいには仲良しとのこと。

しかしこの本には度々、「女同士の同居生活だからお互いの家族と仲良くなれるのであって、もし私たちがそれぞれ結婚してたら、義父母とこんな間柄にはなれないだろう」という言葉が出てきます。韓国も日本と同じく、嫁は夫の家族に気を遣うべきという暗黙の了解があるようで、著者たちはそれに辟易としているのです。

だからこそ2人は今のようなルームシェア生活を愛しているし、新しい家族の形としてもっと世間に受け入れられてほしいと願っている。そのためにファン・ソヌは、血縁関係などがない同居人でも、家族と同等の社会福祉や法的保護が得られるようになるための法整備を目指す政治家へ援助をしているんだそうです。

偶然にも、私はこの本を読む前に藤谷千明さんの『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』を読んでいました。こちらもルームシェアの話を書いたエッセイで、ルームシェアに至るまでの苦労(シェアOKの部屋がなかなか見つからないとか)や生活風景などが描かれています。

少し前までは「結婚する or 一生一人で暮らす」の2択しかなかった雰囲気でしたが、今は3つ目、4つ目の選択肢が出てきていますよね。新しい家族の形がどんどんできあがっていく様をみると、時代は変容しているんだなぁというのを感じます。

とはいえまだまだ2択時代の価値観に囚われて「結婚しなよ〜!」と平気な面で言ってくる人たちもいるし、法律もなかなか変わらないまま。ただ今後こういう新しくて多様な生き方が増えていけば、少しずつ政治や世間の考え方も刷新されていくでしょう。将来の生き方の参考になる、とっても充実した1冊でした。

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