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立野正裕 紀行 星の時間を旅して

立野先生の著書再読シリーズ第7弾。紀行シリーズ2作目の「星の時間を旅して」(2015年)は、著者の象徴的なモチーフのひとつ「星の時間」がタイトルに掲げられています。この本の刊行当時は連絡が途絶えていましたが、先生の名前を検索して新刊が出ると知るたびに取り寄せて読んでいた時期でもありました。

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第1章「人参の種を蒔く」 ミヒャエル・エンデが語ったアシジの聖フランチェスコのエピソードは、立野先生の明治大学における西洋文化史の授業のなかでも特に印象に残ったものでした。これが本書冒頭に掲げられていたことで学生時代の記憶が蘇ったことも鮮明です。
著者によるカバー写真はアシジで撮影されたマジックアワーの風景ですが、空のグラデーションが見事であるのはもちろんのこと、左上の三日月が特別な存在感を放っています。

「もし来週、世界が滅びて、その人参が食べられないと知ったら、あなたはどうしますか」
「それにもかかわらず、わたしは、わたしの人参の種を蒔き続けよう」

本書に収録された全12章は文章の長短もさまざまです。その半分以上は1992年前後の旅がもとになっている。これは立野先生が初めて日本の外に出て、1年間の在外研究をしたときの旅なのです。イギリスのソールズベリー、湖水地方、スコットランドのへブリディーズ群島(スカイ島やアイオナ島)、イタリアのアッシジなどいくつもの印象に残るエピソードを読むことができます。2000〜2005年の頃のサンチャゴ・デ・コンポステーラの巡礼路をめぐる旅や、セガンティーニとリルケを書いたスイス、ソーリオの旅も本書の個性を表現するのに強い光を発しています。

2021年の今年、立野先生は「忘れ得ぬ人々」というタイトルの連続講演を開催しています。そこで語られる「忘れ得ぬ人々」の思い出は、先生とその人が過ごした「星の時間」であるといえます。
Sternstundeというドイツ語の単語はシュテファン・ツヴァイクによる『人類の星の時間』に冠されていることで有名ですが、本書に収められた紀行を読んでいると、人間はひとつでも多くの星の時間を過ごすために生きているのだと思えてくるのです。

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