物への思い
自然が多い場所に行くと、空気がきれいで呼吸しやすい気持ちになります。
パワースポットと言われる場所のほとんどが、人工的ではなく自然に溢れ、澄んだ空気が流れる場所でしょう。
そういった場所に行くことで、良い気をいただき、疲れた心と身体を元気にしてくれます。
私も以前はそう思っていたので、北へ東へ、風の向くまま、気の向くままに、良い気がありそうな所を見つけてはいろんなところへ出かけていました。
最近は部屋をきれいにし、身の回りの整理整頓や、頭の中をすっきりさせていくうちに、どんなに素晴らしいパワースポットよりも、今の家と、この身体が一番のパワースポットであると思えるようになりました。
ですから、あまり出掛けなくなりましたね。
なぜそう思うかというと、部屋が私を癒してくれたことがあったからです。
あるとき、私はとても嫌なことがあって、なんだか気分が良くないなと思ったことがあったのです。
その時何気なく、目線を部屋に向けた時、きれいに拭き清められた隅々が白く輝いていて、部屋全体がきれいで真っ白に見えました。
その瞬間に、心がスッと癒されて、なんとも言えない清浄感に包まれました。
もしかしたら、たまたま太陽の光のあたり加減でとかもあったかもしれませんが、部屋の優しさとか、その白さに癒されたと感じた時、さっきまでイライラしていたものが、一瞬にしてどうでも良くなったんです。
『部屋がきれいだからまあいいか』
という、なんとも関連があるようなないような理由で、さっきまでのイライラをあっさりゆるせてしまったのです。
その時に、毎日『ありがとう』と言いながら掃除していたから、家にもそれが伝わり、イライラを癒してくれたんじゃないかなと思いました。
私はむかしからいろんな物に話しかけたりする癖があって(会話ができるとかではありません。勝手に話しかけているだけです。)
物を踏んでしまったり、蹴ってしまったら、
『あーごめん!』とか
捨てる時には、
『ありがとう、お疲れ様』と、一人で言ったりしています。
一人の時だけですよ!
ただの独り言かもしれません(笑)
植物とか動物なら声をかけるってわかると思いますが、物に声をかける意味が実は自分でもよくわかっていないのですが、なぜか対人のように、接してしまうところがあります。
街中で見かける物で、例えば店頭に売り出されていても、雑に扱われていたり、ほこりがかぶっていて大切にされていない状態の物から、しょんぼりして悲しそうな気持ちが伝わってきたり、
その逆で、古くても大切にされていて、人から声をかけてもらえている物からは、嬉しい嬉しいみたいな気持ちが感じられることもあります。
物のことをこちらが勝手に無機質だと思い込んでいるだけで、もしかしたらそうではないのではないかもしれません。
そういう時に、物の側の気持ちで私を見たら、一体どう思うのかなあと考えることがあって、雑な性格の自分を振り返り、
『こんな私のところでごめんね』
みたいな気持ちになったりします。
人間の身体もそうですけど、諸行無常で形あるものは、どんな成分のものであっても次第に形を変えたり、劣化したり、壊れていくこともあるでしょう。
ただ、物にも人間と同じように、それぞれ使命があって、形作られた瞬間に、その役割を全うしているのだろうなと思います。
おそらく身の回りの物は、私を助けることや役に立つことが使命だから、私のところに来てくれて、その結果一緒にいるみたいな状態なのかなと思ったりしています。
ですから、皆さんの身の回り物も、皆さんを助けるためにあるんじゃないでしょうか。
そう考えると、物を手放せなくなりますか。
物が多いというときというのは、それだけ助けが必要だったり、たくさんの物が周りにやってきてサポートが必要な状態なのではないかと思っています。
もちろん、ずっと大切に使えたらいいですが、すでに役割を終えたものを、手放してあげることは、その物の役割を終えたことを認めることになります。
役割を終えたことに対して、
『今まで助かりました。ありがとう』
の気持ちがあれば、使わないでずっと持ち続けるのではなく、処分することもまた、その物への敬意になる場合もあると思うのです。
そもそも全く使ってもいない、押し入れの奥でほこりをかぶっているだけの無視状態の時に、その物を大切にしていると言えますか。
例えばこれが人だったらどうでしょう。
いつも一緒にいるのに、全く大切にもされず、見向きもされない。
そして、物を捨てられない時にほとんどの人がこう思いませんか。
『いつかまた使うかもしれない』と。
『今はずっと無視していて、あなたのことは大切にしない。だけど、いつかあなたの方を振り向く「かも」しれないから、ずっとここに居なさい』
と周囲の人から言われたらどうでしょう。
いやもう本当に悲しいし、ダッシュで逃げたくなる。
そうやって無駄に期待だけさせて、結局使わないものや大切にしないものは意外と多い。
私も買ったはいいけど、結局使わなかったり、使う使うと言いながらお蔵入りになったものが多くありました。
その結果、最近の買い物の仕方はとても変化していて、本当に必要なものか、必ず使う消耗品しか買わないようになりました。
たまに出かけた時に、買う予定がなかったのに、
『あ!これいいじゃん』
って衝動買いしたものは、帰ってから試したらサイズが合わないとか、使い道がなかったとか、思った物と違った、みたいな形で、役割を全うさせてあげられないものがほとんどでした。
部屋をパワースポットにするには、人工的であっても、身の回りの物から愛されることで、その場所を清めるということは、目に入る物と相思相愛になることかもしれません。
もちろん、掃除したり、物をきれいにしてあげることもそうでしょう。
いかがでしょうか。
今日もお読みいただきありがとうございます!
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