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センスメイキング理論って?日本の企業に今求められる思考とは

皆さんは、例えば生成AIの活用を検討するように言われたので調査してみたけれども、さまざまな意見が飛び交っていて、どのような使い方がベストなのかがよくわからなかった、といった経験をしたことはないでしょうか?

このような、正解が見つけられない状況で、新しいことに取り組まなければならいような場合に役立つ理論として、センスメイキング理論が注目されています。

ITIL®4 DITS(Digital and IT Strategy)の中にも、センスメイキング(Sense-making)という考え方が記載されています。今回は、このセンスメイキング理論について解説します。


センスメイキング理論とは

センスメイキングを生み出した人物は、ミシガン大学の組織心理学者のカール・ワイク(Karl Weick)という方で、経営学に多大な影響を及ぼし様々な論文にsensemakingという単語が使われています。

従来からあるディシジョンメイキング(Decision-making:意思決定)と、何か異なるのでしょうか?
それは、センスメイキングは明らかに「複雑系」に対する理論であるということです。
複雑系とは、答えどころか何を質問すればよいのかすらよくわからないような状況を指します。現在の変動性、不確実性、複雑性、あいまいさの度合いが高いいわゆるVUCAの時代では、将来をクリアに見通すことは困難であり、変化のスピードや変動が激しいため、参考になるような事例も見つからないような状況下で、組織は柔軟な意思決定をしなければなりません。

ただ、そのような正解が分からない状況では、前例に基づいて決断を下すことはできません。それでも行動を起こして進めていくためには、自分たちの決断を様々な利害関係者に伝えて一定の納得をしてもらわなければ、うまく進めることはできません。
そこで、魅力的なストーリーを作り、利害関係の共感を得て自律的な行動につなげるためにセンスメイキング理論を活用することが必要なのです。


実証主義と相対主義とは

実証主義(Positivism)は、主体(自身)と客体(周辺の環境)を分離されたものと考えます。
例えば、「客観的に分析した実証結果は、誰でもが同じように解釈できる真理や真実である」と考えます。
これは主体と客体を完全に分離して考えているため、自分以外の他の人も同じ解釈になるという理解です。実際には環境の影響により他の人は自分とは異なる経験や価値観を持っているため、自分の解釈が他の人の解釈と全く同じになるとは考えられないのですが、実証主義では主体と客体を分離しているため、客体の影響は受けないと考えているわけです。

逆に相対主義(Relativism)は、主体と客体を分離しないで「物の見方や認識は、主体と客体の相互作用の上に成り立つ」と考えます。
つまり人は周囲の環境との相互作用があり、また環境に依存するため、その認識を通じて物事を認識しているというわけです。

これをビジネスに置き換えて考えると、実証主義では「自社(主体)が直面しているビジネス環境(客体)は、他社でも同じ認識になる」と考え、相対主義では、「絶対的なビジネス環境の真理はないため、各社でビジネス環境の認識は異なる」ということになります。

センスメイキングは、認識的相対主義を前提とした理論となっています。


センスメイキングと多義性の関係性

認識相対主義では、「人は周囲の環境と相互作用したフィルタを通じてしか物事を認識できない」と考えるため、同じ環境でも人によって感知された周囲の環境をどう解釈するかが異なります。
例えば、生成AI技術が自分達の仕事にどのように役立つのかについては、同じチームのメンバー間でさえ意見が異なるのです。このような「人によって解釈が違うので意味合いが異なる」ことを「多義性」と言います。

相対主義(つまり多義性が存在すること)を前提としたセンスメイキング理論では、多義性を減らして、多様な解釈の中から特定のものを選び、それに意味付け(interpretation)をして腹落ち(sensemaking)してもらうことで、組織全体の方向性を一致させます。

複雑系の世界では、変化が激しく従来の経験は役立ちませんので、ディシジョンメイキングのような思考で、正確な分析と意思決定をすることは不可能です。
従って、正確性よりも大まかな方向性を示して、それに意味付け(interpretation)をして、みんながそれに腹落ち(sensemaking)して、その方向に突き進むようなチャレンジを促し、素早く実験と学習のフィードバックループを回すアプローチをとるしかありません。


信じて思い込んで行動する

センスメイキング理論で重要なことは、みんなが納得して同じ方向に向かうようにすることですが、納得させるための手法としてストーリーテリングが有効だと考えられています。リーダーがストーリーを語り続けることで、みんなが同じ解釈になり、「思い込ませる」ことが重要です。
複雑な世の中で、何が正解かは分からないため、何もかもが不可能だと思い、何も行動に移せない、身動きが取れない状態になるくらいであれば、「大まかな方向性を示し、それを信じて行動すること」が大切です。

また行動によって環境に働きかけることで、また新たな状況を感知し、その感知した環境をさらに解釈することで、また新たな行動に向かうことができます。
そして、後から振り返るレトロスペクティブ・センスメイキング(retrospective sensemaking)をすることができます。とにかく、やってみる、行動してみることが重要なのです。


日本の企業に求めるセンスメイキング思考

失われた30年。日本企業はバブル崩壊の恐怖から保守的な経営でリスク回避型のビジネスをしてきた間に、世界は大きく変化して非常に複雑な環境になっています。このような複雑な世界におけるスピードが要求される意思決定は、ディシジョンメイキングからセンスメイキングへと思考を変える必要があります。


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参考文献:世界標準の経営理論(ダイヤモンド社)入山章栄 著