第1226回「思いやる心」

花園大学で、禅とこころの授業を務めたあと、お昼休みに大学の花まつりを行っていました。

今回は、洛西花園幼稚園の園児達もご参加くださいました。

なかなか大学生だけというのは、お昼休みに集まってもらうのは難しいところがあります。

そこで幼稚園の園児たちにお参りしてもらうようにしたのでした。

洛西花園幼稚園は花園学園の運営する幼稚園です。

大学に歩いてくる園児達の姿が見えました。

子どもたちがいるだけで、その場の空気が明るく和みます。

幼稚園の園児が代表して献灯献花といって、灯明とお花を供えてくれて、そうして般若心経を唱えました。

そのあと私が少し法話をしました。

幼稚園の園児たちが目の前にいて、そのまわりに学生や、先生方がいらっしゃいます。

仏教学の先生方も見えます。

佐々木閑先生もお見えになっていました。

幼稚園の園児から、仏教学の教授までが聞いている中での法話というのはとても難しいものです。

しかし、こういう場合は、幼稚園の子たちに合わせて、幼稚園の園児に語るしかありません。

大学の先生方に向けた話をしたのでは、園児達にはわかりようもありません。

そこで簡単に今日はお釈迦様のお誕生をお祝いする日ですと言って、お釈迦様は今から二千五百年も前にお生れになって、厳しい修行をして、みんなが幸せに暮らせるのはどうしたらいいか、一つの方法を見つけましたと話をしました。

それは何かというと、

「自分がされたらいやだなあ、と思うことは人にもしない!」

ということです。

この一つが実践できたら、世界はすぐ平和になります。

簡単なことですが、大人もできないのです。

自分がされたらイヤだと思っていることを、したくなることもあるのです。

叩かれたら痛いのです、いやなのです、だから人を叩いてはいけないのです。

悪口を言われたらいやなのです、だから人の悪口を言わないのです。

自分が嫌だと思うことは、人も嫌だと、人のことを思いやるのです。

この思いやる心が仏様の心です。

誰しも人はこの思いやる心、仏様の心をいただいています。

そのことを説いてくださったのがお釈迦様ですとお話したのでした。

私は午前の授業を終えて、お昼ご飯を食べる前だったので、園児達にも今お腹がすているでしょうねとお話しました。

私なりに思いやったつもりでありました。

しかし、あとでうかがうと園児達はその時既にお弁当を食べた後だったとのことで、なかなか思いやるというのは難しいものです。

お釈迦様の言葉『法句経』に次の言葉があります。

129、すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。已が身をひきくらぺて、殺してはならぬ。殺させてはならぬ。

130、すべての者は暴力におびえ、すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。已が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺させてはならぬ。

131、生きとし生ける者は幸せをもとめている。もしも暴力によって生きものを害するならば、その人は自分の幸せをもとめていても、死後には幸せが得られない。

132、生きとし生ける者は幸せをもとめている。もしも暴力によって生きものを害しないならば、その人は自分の幸せをもとめているが、死後には幸せが得られる。

133、荒々しいことばを言うな。言われた人々は汝に言い返すであろう。怒りを含んだことばは苦痛である。報復が汝の身に至るであろう。

というものです。

京都から帰って明くる日に東京の龍雲院に行って施餓鬼の法話を務めました。

幼稚園の園児達に話した内容を伝えて話をしました。

人のことを思いやる心を皆うまれながらにもっているのです。

そのことを実証する例としてこんな話をしました。

新聞の投書にあった話です。

八十代の女性の方の投書です。

子どもが三歳の時というのですから、五、六十年ほど前のことでしょうか。

あるとき、その子がいつも暴力を振るうガキ大将に叩かれて帰ってきたというのです。

お母さんは「あなたが悪くないのだったら、やり返しなさい」と言ったそうです。

「男の子は負けてもそのくらいの気概は欲しい」と思ったのでした。

ところが、その三歳の子が

「お母さん、叩かれるとものすごく痛いんだよ、

僕が叩いたらあの子も痛いだろう、だから僕は叩かないよ」と言ったのでした。

僕が叩かれると痛いのだから、あの子も叩かれたら痛いだろうと、これが思いやる心です。

その心をうまれながらに持っていたのです。

親から教わったのではありません。

親から教わろうとしたのは、やり返しなさいということでした。

しかし、本来もって生まれた心は、思いやる心だったのです。

そんな話を龍雲院の法話では行っていました。

法話のはじめには、「降る雪や明治は遠くなりにけり」という中村草田男の句を紹介しました。

これが明治からどれくらい経った頃の句かというと、昭和六年に作られていますので、まだそれほど経ってもいないのです。

今や昭和も遠くなりにけりなのです。

龍雲院に初めて来たのは、もう四十年以上も前になります。

当時はまだ本堂も建て替えて間もなく、新しい木の香りがしていました。

しみじみと時の移ろいを感じて法話をしたのでした。

人のことを思いやる心を慈悲といい、仏心といいます。

その仏心に目覚め、多くに人に仏心の尊いことを知らせようとご生涯かけて説法なされたのがお釈迦様なのです。

その教えが受け継がれて、お寺があり、私達も教えを学ぶことができるのです。
 
 
臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺

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