市民自ら「脱炭素」ヴィジョンを描くには

 日本の「脱炭素」化の実現には主力となる風力発電の早期普及が欠かせないが、今も決して少なくない市民が風車に対して不安や否定的感情を抱いていて、ネット署名や勉強会などをきっかけに反対運動を展開し、事業計画を白紙撤回に追い込む事態が相次いでいる。

 反対の理由は大きく4つで、山間部での風車建設による土砂崩れの懸念、陸上洋上ともに風車騒音による健康被害の懸念、バードストライク、そして景観の悪化。そのうち、土砂崩れの懸念が広がった背景には2014年の広島での土砂崩れや2021年の静岡の土石流があると言われているものの、国内各地の既存の風力発電施設やその周辺でそれらの被害が発生したという事例は確認出来ない。同様に、風車騒音による健康被害の懸念も訴えはあるものの、過去の環境省の調査では直接的原因となる被害の発生は確認出来なかったし、海外の状況と相違ない。

 これら二つに共通しているのは、市民の側の過度な不安による心理的ストレスと見られる社会現象と言えるかもしれない。仮に風車騒音での「ノセボ効果」のような反応が土砂崩れをめぐっても表れているのだとしたら、不安を払拭するために環境省、経産省、国土省、農水省、総務省、厚労省まで含めた横断的な取り組みが必要と考える。ただし、すぐに調査研究をというよりは、事実関係を整理して正しい情報を市民の日々の生活に届ける仕組みが先決で、手っ取り早いところで総合窓口となるツイッターやTikTokなどSNSのアカウントの開設及び日常的な情報発信を提案したい。

 風車騒音をめぐる不安が今も社会に根強く残っていて、建設予定地となる市町村の議会や都道府県の環境影響評価委員会等で頻繁に議案に上がる要因は、行政や事業者、報道メディアが市民が求めている情報の提供や相談の機会など対話の糸口を軽んじているからに他ならない。専門知識の社会的浸透には、それなりの時間や労力を要する。ゆえに国内の報道メディアは、いたずらに不安を煽るのではなく、検証記事を増やし、現場の専門家によるファクトチェックで情報の精度や公正を常に担保し、同時に温暖化との関連性も示してほしい。

 以上のような具体的な取り組みがあれば、次第に市民自らが「脱炭素」ヴィジョンを描けるようになり、潜在的意識がNIMBYやBANANA(Build Absolutely Nothing Anywhere Near Anyone)からPIMBYに変わるかもしれない。このような提案が市民の成長を促す機会になることを願う。

08/23/2022 加筆修正済

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