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犬よ、人の望みの喜びよ

 ノストラダムスのおじさんに、人類が滅亡すると言われた1999年7の月。の、翌月。
新潟県の病院で私は生まれた。人類が滅亡できなかったのが悔しくて、はじめて空気に晒された時に大声で泣いた。本当に。
 翌年の夏に気管支炎で入院して1歳の誕生日を病室で迎えた。らしい。病院のベッドで「1歳おめでとう」のプレートが乗ったケーキを前に嬉しそうにしている自分の写真を見たとき、何笑ってるんだ、と思った。
母が弟を産むので、しばらく新潟にいた。母に代わって、主に祖父母と実家で暮らしている叔母が私の面倒を見てくれた。
 2001年1月、無事に弟が生まれて、9月にアメリカでテロが起きても人類は続いた。でも良かった。母の実家には犬がいた。人類に希望は残されていた。

 母が中学生の時、母の弟が犬を拾ってきた。
淡いベージュの雑種犬は、リクと名付けられ、小ぶりの秋田犬くらいの大きさまで成長した。
母は誰よりも犬を可愛がった。きょうだいと喧嘩になると突然背中を噛むような子供だったので、人間よりも犬の方が気が合ったのかもしれない。
犬を愛するあまり、外で飼ってる泥まみれの犬を勝手に家に上がりこませたり、夜中に自室に連れ込んで一緒に寝たりしては家族に叱られていたらしい。(と叔母に聞いた。叔母はよく″コウちゃん(母)はヤバい″と言っていたし、未だに母は言われている。私もよく″この人ヤバいな″と思う。)


 賢い犬・リク君が来てしばらく経った後、犬が増えた。近所の犬が子供を産んで、貰い手を探しているところを叔父が引き取ったらしい。リク(陸)に続いて、カイ(海)と命名された。暗いグレーの、狼みたいな見た目の雑種犬。
カイ君が来る頃には母はもう上京していたのと、母は新しくやってきたカイ君よりもリク君に執心だったので、カイ君に関するエピソードは伝聞ではなく私の記憶を書こうと思う。


 母の寵愛を受けたリク君と、カイ君の2匹は、突然じぶん達のテリトリーに現れた幼児(私)のことを噛んだり、いじめたりすることなく、優しくもてなしてくれた。

 新潟県は雪が沢山降る。1歳4ヶ月ちょっとの私は、犬ゾリに乗って遊んでいたらしい。
大型犬2匹が曳く、雪まみれになった子供用の赤いソリに乗った子供の写真が、今でも母の実家のキッチンにあるコルクボードに飾られている。

 犬というのは不思議で、人間の子供を見たことがない犬でも、子供を初見で襲わない。
大人と子供はだいぶ形が違うのに、地続きの同じ生物だと認識してるのか、人間が大切そうに扱っているのを見て自分もそうしているのか、たまたま私と接してきた犬がみんな優しかったからなのか分からないが、きっと私よりずっと賢い。殺さないでくれて本当にありがとう。(初見で子供を襲う犬もいる。ただ、犬は逃げれば追ってくるし、叫ぶと興奮する生き物なので、襲われた経験のある人はどうだったか教えてほしい。もう襲われて死んでしまった人は何も説明できませんが……)


 物心つく前から私の傍には犬がいた。
淡いベージュの賢い犬リク君と、暗いグレーの優しい犬カイ君がいた。

 夏に私が生まれて、冬に一緒に雪遊びをして、しばらく経ったある日突然リク君は消えた。これは突然死んだとかではなくて、どこかに忽然と姿を消した。
拾われてからそれまで、田舎の山奥の納屋に律儀に繋がれて日々を送っていた彼が、どこに行ったか誰も知らない。親族たちは、クマに喰われたかもしれないね、とか、手綱が樹木に絡まって帰ってこられなくなったのかもしれないね、とか、カイと折り合いが悪くて出ていったのかもね、とか話していたけど、彼がどこに行ってどこで眠っているのかは誰も分からない。なので私の弟はリク君と会ったことがない。私もリク君のことは、母に教えてもらえるまでは意識の外にあった。でも確かに彼はそこに居たし、一緒に遊んでくれた。

 物心がついた時、納屋に繋がれたリク君の手綱の先に何も繋がっていないのを見て、ふと、もし私の母にリク君より大切なものが出来たことが嫌になって私たちの前から去ったのならどうしよう、と思った。
どこかで生き延びてかみさまになっていてくれないかな、と切実に思った。
隣の手綱の先にはカイ君がいた。琥珀色に透ける目があった。


 カイ君は花火がとても苦手な犬だった。
花火師の叔父が帰省の時に上げる花火を怖がりすぎて、パニックを起こしたカイ君は納屋の工具箱を開けて、その上に丸くなって縮こまっていた。
自分の身体より小さな工具箱の中に隠れようとするくらい怖がっているのも、遠くで上がる花火の音を聞き取ってしまうくらい耳が良いのも、痛ましくて愛おしかった。私が両手で耳を塞いでやっても全く無意味で、敏感に物音を拾う耳も、怖くて垂れ下がる尻尾も可愛くて仕方なかった。
 カイ君は散歩している時に猫を見つけるとなりふり構わず追うので、幼稚園生の頃の私はよく引きずられて怪我をした。冬には雪を食べて、春には雑草を食べていたので、いつも心配だった。
夏に散歩した時に、カイ君が側溝の水の中に飛び込んで2時間出てこなくて、夕立が降ってきた時は、途方に暮れて泣いた。日が沈む頃に、水浴びに満足して出てきたずぶ濡れのカイ君が全身を震わせた時に飛んできた水しぶきで、夕立に濡れた体は更にビショビショに濡れた。
 イタチやハクビシンの出る時期になると、祖母にビニールハウスの前に繋がれたカイ君が作物の番をしてくれる。

 カイ君は私が小学校高学年になる頃まで生きて、ちゃんと自分が暮らした納屋で死んで、今は桜の木の下に眠っている。
桜の木の近くには、毎日17:00に鳴るサイレンがある。彼は17:00のサイレンに合わせて、遠吠えをしていた。
母の実家に帰って17:00になると、必ずカイ君のことを思い出せる。


 犬に対して人間の価値観のもと、思慮深さを前提に話を進めるのは残酷だと思う。けれど犬や猫に限らず、動物にはどこか「人間の理論を当てはめても応えてくれる」寛容さがあり、それに付随する神秘性がある。

 生まれてから、身近に犬が居なかった期間が、小学校4年生の時に飼い犬のハルが死んでから、次の犬を迎えるまでの3ヶ月間しかない。
「線香は仏様のご飯だから」と教えられていた私は、″最期に食事ができなくなっていたハルに沢山ご飯を食べてほしい″という気持ちで線香を焚きすぎて、私よりノイローゼになっていた母親にドン引きされ、咎められた。(家にいる間ずっと線香の煙の匂いがしていたら確かに嫌かもしれない。)
 ハルを火葬する棺の中に、自分が切り落とした髪を紙に包んで入れていたことがバレて、親に怒られるかと思ったら、そんな事はなくてホッとした。それも束の間、「生者が死者の棺に自分の一部を入れるのは不吉だから」「連れて行かれる」などの理由で取り除かれた。そんなの小学生だって分かる。調べていなくても。死んでも一緒に居たいから髪を入れた。私も連れて行ってほしいからに決まっているのにな、と思った。

 大学生になって、死んだ曾祖母の唇に指で紅を引いた時、死んだハルの鼻にキスをしたことを思い出した。
健康な犬の鼻は湿っている。でも睡眠している時は渇く。
渇いていた。眠っているんだと思った。
湿っている時みたいに、ひんやりとしていて心地が良かった。


 私は私と過ごした全ての犬に執着している。犬と一緒に生きれば生きるほど、犬に執着する理由は増え続ける。それでも、死を免れることは出来ないので、いま目の前にいる犬のことを全力で愛したいと思う。

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