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おもちゃ箱 上段

幼稚園にきたら靴箱にたまごっちが入っていた。びっくりした。

お父さんが「知り合いに頼んで苦労して手に入れた」と嬉しそうに言った念願のたまごっちは偽物通信できないものだったが、普段いっしょに遊べないお父さんが頑張ってサプライズを用意してくれたのが嬉しくて、その日は素直にはしゃいだ。

幼稚園の送り迎えの時間になると、みんな一目散にお母さんに駆けて行って、その首からぶら下がっているバンダイのたまごっちを触る。ぴっぴーぴろり。
どうやら、みんなが幼稚園にいる間はお母さんがたまごっちのお世話をしているらしい。そんな、馬鹿な。

何故みんな自分の大切なたまごっちをお母さんに預けられるんだ、何故みんなのお母さんはたまごっちの仕組みを理解してくれてお世話までしてくれるんだ…………。
みんな自分が幼稚園に行っているあいだに、育児放棄されてクソまみれになって死んだござるっち(メス)を悼むこともなく、あろうことか同級達とクラスの垣根を越えて楽しく通信をして遊んでいるではないか……。そんな馬鹿な!

ガン萎え。わたしは赤みがかった画面の中の暗緑色のドットの死骸に別れを告げ、裏紙で折ったノートにたまごっちの絵を描いて自分だけの最高のたまごっち図鑑を作ることに精を出した。同じことをしていた年長のお姉さんも手伝ってくれた。
(後から知ったが、こういう経験をしている子は珍しくないらしく苦々しいながら嬉しかった。あれはあれで最高に楽しかったよね!)


時は流れ、たまごっちのカードがもらえるアーケードゲームが近所のイトーヨーカドーに設置される日、1人で開店凸をした。さながら新装開店日。一番乗りだった。やったー。
プレイ用の椅子に座ると、気になるのか後ろに並んでいる子達が周りに群がってきて、普段なら恐ろしくなって帰っていた。しかし目の前には憧れのたまごっち。取るに足らないことだった。
初陣だ。100円を入れた。カードが出てくる。


!!!!!

てんさいっちだ!!!!!

印刷が光っている。
白衣をまとい瓶底眼鏡をかけた、まめっちに瓜二つのキャラクターが、はじめてのキラカードだった!

しかし問題はこの後だ。


もう1枚出てきた。

…………?


てんさいっちだ!!!!!!!!!!

おかしい。
何かが絶対におかしい。
どういうことだイトーヨーカドー川崎港町店。

周りの子は戸惑うわたしの代わりに黄色い声を出している。

…………壊したかもしれない。

ヤバい。捕まる。
怖くなり、後ろに並んでいた子に「あっ、あのっ、これ、2枚出たからあげます…」とボソボソ言いながら2枚目のてんさいっちを譲り渡し、戸惑いの声や更に後ろに並んでいる子達のブーイングも無視して逃げるようにイトーヨーカドー川崎港町店を後にした。



それからはたまごっちのアーケードゲームには寄り付かなかった。今思えばイトーヨーカドー川崎港町店スタッフがカードのシャッフルをサボっただけだとわかるが、臆病なガキはあらゆることを大人に相談できなかった。

一度だけ、外食の帰りにお父さんがオシャレ魔女ラブアンドベリーをやらせてくれたが、全体的にグラフィックが苦手だった。
それから当時は弟の「おさがり」にするため男の子っぽい洋服を着せられていたため「オシャレ」がいまいちピンと来ず、2度目はなかった。

あの時ラブアンドベリーを続けていれば、小学校高学年の時に親から「ファッションや芸能に無頓着すぎる」「好きな男の子の話を一度もしない」「セクシャリティに問題があるんじゃないか」などといった理由で女児向けファッション誌を毎月買い与えられ、もう一段階なにかがズレることはなかったかもしれない。余談だった。


ラブアンドベリーの代わりに、イヌを着せ替えるカードが出てくるゲームに夢中だった。
ケースがパンパンになるまで犬用の服や犬用のアクセサリーを集めに集めた手帳型クリアファイルをゴーカート場で紛失してからはカードを集めることはなかった。
これに関しては、あの時イヌの着せ替えゲームに興じていてもいなくても別に何も変わらなかった気がする。

たまごっちは2022年で25周年を迎えたらしく、先日最新機種が発売された。過去の自分のために買うか迷ったが、欲しかったのはたまごっちじゃなくて通信する友達だったと気がついて煙草を買って帰った。

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