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僕にもラブ・ソングを

『カラオケ90点以下は、猿以下』

小さな街に、文化は入ってこない。僕が生まれたのは東北の田舎で、お洒落なカフェなど1件も見当たらない。カフェインを取りたいのであれば、激渋の緑茶を飲むしかないような街だった。コーヒー豆1つすら入って来ない閉鎖されたこの場所で、娯楽といばパチンコか『カラオケ』だった。


僕は、歌が得意だ。

小学校の頃、合唱コンクールの練習で、外部から来た講師に、両肩を掴まれ『君の声は、まるでウィーン合唱少年団のようだ』と絶賛された。ウィーン合唱少年団?見た事は無いが、さぞ純真無垢で、汚れ無き少年団なのだろう。僕は、中1で顎髭が伸び始め、今では歌うと痰が絡む。ウィーンな少年団な事は何一つ無い。今思えば、無責任な講師である。でも、褒められた事は、純粋に嬉しい記憶として残っている。

中学校に上がり、小遣いを貰い始めると、たまの部活帰りに『カラオケ』に行くようになった。

その辺りからだ。『精密採点至上主義』が始まったのは。

この街の学生たちの価値観は、DAMの精密採点の点数である。喧嘩自慢でも無い限り、自ずと点数で序列が決まるレースに参加させられる。もし、90点以上を出せれば、盛り上げ部隊として番長に可愛がられる。そして、女子の居るグループに所属できる。土日の遊びに呼んでもらえる。もし90点以下でも取ろうものなら、猿以下の扱いを受ける。

殴り方を知らない僕は、カラオケで点数を稼ぐしかなかった。

日常生活で特に秀でることのない僕が、唯一、グループの中心に居られるのが、コートダジュールかまねきねこの、部屋の中だった。みんなが怯えながら参加するカラオケも、僕は鼻高々に参加していた。

『次、遠藤歌って』
『遠藤、この歌、歌える?』

承認欲求が満たされる。時には、倖田來未や絢香に、時には、ちあきなおみやテレサテンに、時には、凛として時雨の345やマキシマムザホルモンのナヲに。ウィーン合唱少年団時代に喉を鍛えていたので、高音が出る。僕の歌でみんな楽しそうにしている。

やっと掴んだポジション。飽きられるのが怖かった。僕はギリバレないくらいの頻度とテンションで『絶対音感が有るかも』等と、適当な嘘を織り交ぜた。最高の街だった。

他人との隣接点が、歌だった。この時だけは、人に認められた気になれた。歌を返せば、人間としていられた。

歌は、僕が唯一持っているアイデンティティだった。

気が付けば当たり前のように、バンドマンを目指していた。

18歳になり、僕は最高の街から逃げ出した。




東京に来ても、音楽と生活は切り離せなかった。

駅前のTSUTAYAでCDを借り、iPodに入れた。DVDコーナーに行き、数多くの音楽にまつわる映画を借りた。

雨に唄えば、ムーラン・ルージュ、レント、ヘドウィグアンドアングリーインチ、ダンサーインザダーク。

もう歌って無いけど、音楽が好きなんだと思う。

陽気な日は、ウエストサイドストーリーのように、足を高く上げて見た、腿の裏の筋がビンとなって、後悔した。

歳を重ねて、レ・ミゼラブルのヒュー・ジャックマンのように、頬まで髭をはやそうとした。女子から壮絶な悲鳴を浴びた。

向いてないかもしれないけど、生活に音楽が根付いていた。

特にお気に入りの映画は『天使にラブソングを…2』だった。

ウーピーゴールドバーグが修道院のシスターになりきり、問題のある生徒たちに、歌の素晴らしさを教える映画。

作中で、アマールという少年が『OH HAPPY DAY』を歌うシーンがある。

美しく透き通る声。まさに、ウィーン合唱少年団のようだった。

内気なアマールを、不安そうな顔で見守る大人たち。しかし、曲中に彼の才能が開花する。彼は音に乗り、自分を解放する。堂々たる歌。見守る大人たちから、笑顔が溢れている。映画なのに演技性を感じない、本当に溢れてしまった笑顔に見える。


あの日の、自分に重ねた。

僕は逃げた。あの街の気持ち悪さからも、夢からも。逃げ出す時に気が付いたのは、歌う理由だった。僕が歌っていたのは、他人の目があるから。褒めてもらえる。認めて貰える。それしかなかったから。多分、歌ってそうじゃないと思った。

もし、あの日、逃げずに歌と、自分の可能性と、外部から来た合唱コンクールの講師を信じていれば、僕の才能は開花していたのだろうか。

『1曲で人生が変わる』

逃げてから14年。30歳過ぎた頃には、天職という物に出会っていると思っていたが、何も花が開いていない。

一度逃げ出した者に、夢は容赦しない。

アマールのように、グレイテスト・ショーマンのキアラ・セトルのように、バーレスクのアギレラのように、全てをひっくり返すだけの力をくれ。

才能は、開花する瞬間、オーディエンスの表情を一変させ、解放された感情で、空気全体をスウィングさせ、時代をうねらせる。

力が欲しい。

もう逃げないから、才能が欲しい。

僕には、歌じゃない。それはもう、分かっている。友人の結婚式二次会、ギターソロで泣かせようとするも、緊張して6回やりなおしたら会場がドン冷めして、誰からも結婚式に誘われなくなったから、僕は、歌じゃ無い、歌じゃないのはわかった。

あとダンスでも無い。これは言い切れる、体を使った感情表現があふれ出てきたためしが無い。ダンスじゃ無い、ダンスでは無い。


じゃあ、僕の開花する才能はなんだ。何なのだ。一体なんの才能が、いつ開花するのだ。

お願いだよ、シスター。

いい加減、天使にばかりじゃなく、僕にもラブソングを頼む。






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