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必殺『肉離れ』

『怪我をしている男はカッコいい』
30歳を過ぎて今だに患っている厨二病だ。

厳密に言うと
『怪我をしているのに無理をしている男はカッコいい』か。

作品に出てくる人物が無理をしているシーンを見ると
『今後の人生台無しにするかもしれないのになんでそこまで出来るんだ!』と毎度エキサイティングする。
プロのスポーツ選手はセルフケアが出来過ぎていて面白くないとさえ思う事がある。

信念を曲げられない不器用さに心を打たれる。

この厨二病は長い事患っている。


中学生の頃、都会から転校してきた『茜ちゃん』が好きだった。

転校生だからなのか、性格なのか、いつも寂しそうな顔で、
その表情が可哀想に見えて俺は好きになった。

茜ちゃんは、いつも退屈そうに頬杖を付きながら授業を受けていた。
彼女の退屈を埋めてあげたくて、丸めた消しカスを投げ付けたり、英語の教科書を借りてトムの顔を正岡子規の顔に変えたりしていつもちょっかいを出していた。

もっと気を引くためには、
彼女が好きなことを俺も好きになろうと思った。

彼女が何を楽しんでいるか徹底的に観察した。
(決してストーキングでは無い)

茜ちゃんは運動神経がとても良かった。
授業はあんなに退屈そうなのに、体育の授業やバスケ部の活動をしている時はあんなに笑うのか。

バスケットボールに嫉妬した。

悩む。俺は運動神経がめっぽう悪い。
普通に一緒に運動をして喜ばせる事は出来そうにない。
レイアップシュートなんか決まった試しがない。
俺の放ったシュートはリングを下から突き上げてバインと鳴るだけだ。

目を離した隙に、他の男子と1on1でバスケをしている。
観るのが辛い。
俺もその距離でガードしたフリをして抱きしめてあげたいのに。


どうすれば気を引けるのか考えた。
そういえば、近々体育祭があるんじゃなかったか?
生まれてこのかた、体育祭などに期待した事がないから忘れていた。

ちょ待てよ。
ピンチをチャンスに変えろと偉い人が言っていた事を思い出した。

『体育祭で、怪我をしているのに無理をすれば良いんだ。』
エジソンが電球を発明した時と同じ気持ちになった。

翌日から俺は、急激な運動や、
ウォーミングアップ無しでスクワットを何百回とした。
一向に怪我をしない。

『だめだ、筋が切れてくれない』
刻一刻と迫る体育祭。焦る俺は丈夫に産んだ親の所為にして気持ちを誤魔化した。

そんな時、同じ部活の直也君が『肉離れ』を起こした。

なんだその痛そうな名前の怪我は。
肉が離れるはもう無理だろ。

しかし、外傷はなさそうだ。
気になる。
俺は直也君を心配するふりをして徹底的にインタビューした。

『どのくらい痛いのか?』
『何をしていたら肉が離れたのか?』
『この怪我はどのくらいで治るのか?』
思いつく限りの質問をした。

これしかない。
俺は体育祭の前日、『肉離れ』を起こす事にした。

理由はこうだ。
『部活終わりに家で自主練をしていたら肉離れを起こした。』

どんな事を言われても返せるだけのシュミレーションをした。

『おいどうしたんだよその足!』
『すまねえな。皆んなには内緒で家でトレーニングしていたらやっちまってな』

『体育祭だぞ。全員リレーどうすんだよ!』
『大丈夫だ。俺は無理をしてでも出場する。皆んなに迷惑はかけられない』

『その足で走れんのかよ!』
『ふん!俺の心配よりお前こそちゃんと走れんだろうな?』

惚れ惚れする返答だ。

体育祭当日。俺は足にテーピングを巻き、引きずって登校した。
同じ部活の奴らから不思議な顔で見られたが、そんな奴らはどうでもいい。

おれは『茜ちゃん』にカッコイイ所をみせたいのだ。


『茜ちゃん!俺昨日肉離れ起こしちゃってさ。』
『え!?大丈夫なの!?』

優しい子だ。好きだ。

『今日の体育祭どうすんの?!』
『まあこのくらいの怪我で休んでたらカッコ悪いし、俺、出るよ』
『本当に大丈夫なの?』
『ちょっと走るだけだし、気持ちで乗り切るよ』

茜。惚れるなよ。

『ジャンプしてみて』
『え、ジャンプ?』
『そう、その場でジャンプ』
『え?出来るかな?痛っ!無理無理!
 ジャンプは流石に無理だわ!』

『良かった!肉離れはジャンプしても痛くないよ』

全力でトラックを走り抜けた俺は
説明が足りなかった直也君を殴りに行った。


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