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アラフォー、免許を取る(2)

授業を受けた最後の記憶っていつだろう。もう覚えていない。
勉強がだいっきらいだった。

「技能は最速でも2ヶ月後、年明けですね」

入学手続きの時に受付カウンターでそう告げられた。えっ、授業を予約するのに2ヶ月待ち?うそでしょ、2ヶ月で免許を取ろうと思っているのに。


フィーバーするコロナ禍の自動車学校はものすごく密だった

車の免許取得を決意したのは10月頃。社会人が通いで免許を取ろうとするとスケジュール調整などいろいろ難航してズルズル、入校からの期限ギリギリになってやっと取ったという話をきく。なんなら延長やら再入校やらでお金がかかってしまったと。同じ道を辿りそうな自分の性格。これは一気に詰め込んで勢いで取ってしまうしかないと思っていた。一時的に負荷がかかるけどダラダラストレスが続くよりはガツンと受け止めて短期間で解放されたい。

だけどコロナ禍で学生がオンライン授業になって平日も自由が効くからと集い、ペーパードライバーが移動手段にやっぱり車に乗りたいと集い、高齢者の運転が問題になりつつあるなかで高齢者教習に通うひとが集い、とにもかくにも教習所がごった返していた。

「いつもはね、こうじゃないんですけどね、我々も困っているほどですよ」

そう顔をしかめてみせるけど、家から歩いて行ける距離にある教習所は都心部にあり、コロナに関係なく、入校者が絶えないところだった。じゃあ結構です、と言われても入りたい人は後を絶たないから何も困らないんだと後から知った。

「年内に取得するにはどうすればいいか?どうしようもないですね。無理だと思います。でも、どうしてもとおっしゃるなら、こちらのプランに入っていただいて追加料金をお支払いただければ優先して予約をお取りします。ただし技能の追加料金や検定の再試験料は別となっておりまして、ただいまこちらのキャンペーンで安心パックに入っていただければ大変お得になりますがいかがいたしますか?」

壺でも売られるのかと思うほどの早口でまくしたてられて、どんどん跳ね上がっていく金額。真顔でカチャカチャ電卓をたたく指先だけをぼーっと見ていた。

「どうされますか?いいですか、安心パックは後からは入れません。今だけ、今だけですよ」

だんだん怖くなってきた。幼く見られることは多いが、申込書を見れば年齢はわかる。アラフォー、金を持ってると思われたか。いや、ただ親切に「2カ月で取りたい」というわたしに最善策を薦めてくれただけか。結局、安心パックには入らずに、予約を優先してくれるというプランに入った。全部一発で通ってやる!やれば出来るはずだ!なんていうヘンな意地があった。失敗だった。

「ではここに、2ヶ月先までの空いている日をすべて書いてください」

いやいやいや、そんなもんわかるかい。会社勤めじゃないんだから来週の予定でさえも曖昧なライフスタイル。

「では、こちらで自由に組んでいいんですか?」
「いや、そういうわけではなく・・・自分で予約を取ることはできないんですか?」
「できますがご自身で予約される場合は2カ月先まで空きがありません」
「えっ、さっき払った追加料金の意味は?」
「これはこちらで卒業までのスケジュールを組む優先プランです」
「変更はできるんですか?」
「できますが空いているとは限りませんので、1日ずれるとその日以降はすべて組み直しになり最低でも2カ月先まで取れないこともあります」
「でもその2カ月を短縮できる優先プランなんですよね?」
「そうですね。なので、空いている日をすべて書いてください」
「だからそれは・・・」

しばらくこの何とも言えないやりとりをループした。わたしみたいな生き方の人は想定されていないんだから受付の人だってわるくないのはわかってる。もうお金を払った後で、返金できないと言い張るしやっぱりなんとか年内に取得したかったので、仕方なく、すでに決まっていた3件ほどの仕事以外はカレンダーに〇を付けまくって提出した。

ありがとうございます。これらの日は全部可能ということでよろしいですね?3日後にはスケジュールがスマホで見られるようになります。ご確認の上時間厳守でご来校ください。遅刻した場合はキャンセル扱いになり、予定はすべて組直しになりますのでご注意ください。

はいはい、わかりましたよ。
コロナ禍の都心部の教習所は入校するだけでもえらい大変だった。わたしの後ろには10人くらいが入校受付待ちだった。

3日後に送られてきたスケジュールは、翌日の朝から晩までみっちり授業が入っていた。義務教育ばりの『じかんわり』だった。夜遅くまで原稿を書いて朝はゆっくり起きてコーヒーを淹れてからメールチェックしていたらお昼みたいな生活はこの日を境に強制終了することになった。

アラフォー、弁当もって学校に通う

朝6時に目覚ましをかけ、ひと仕事してからお弁当とPCを持って教習所、座学を受けて休み時間にメールを返信して、授業と授業の数時間の合間にいったん家に帰ってオンラインMTGをしたり、打ち合わせに出掛けてダッシュで教習所に戻って夕方以降の授業を受ける。家に帰ったら夜遅くまで原稿を書く。

毎日ボロカスになりながら通った。知らなかったんだけど、教習所の授業ってめちゃくちゃ厳しい。本来は「学びの場」で当たり前のことかもしれないけど、スマホは絶対禁止(触ったら即退場)、スマートウォッチもNG、ちょっと疲れてウトウト舟を漕ごうもんなら厳しく注意される。仕事のメール返信もできないから休憩時間の10分間にトイレや廊下の隅っこのスペースに身体をひそめて対応した。

それに毎日毎日同じ授業を繰り返すからか、先生方の“トーク”はある意味確立されててしまっていて、演説か歌唱のようでどうも言葉が耳に入ってこない。抑揚がありすぎて耳が慣れない先生もいた。笑いを取とろうとするきっと先生お決まりのジョークに静まり返る教室、というのも毎日繰り返されている様子だった。クセもなかなかに強く、学生時代の個性派先生達を思い出した。

でもそんなことは言っていられない。とんでもないスピードで授業は進むので、1秒でも違うことを考えていたらあっという間に置いていかれる。目をギンギンにして耳の穴を大きく開けて聞いていないと何が何だかわからなかった。毎日詰め込まれるとんでもない情報量に頭からは湯気が出そうだ。

仕事だってある。自分で仕事をしているからには事務処理だってある。ぐるぐる考えてうんうん生み出す仕事なので、仕事と授業で脳が2つ3つあっても足りないくらいで、頭痛と吐き気に襲われるほどだった。溜息をついてもついても出てくる。

でも幸い、だいきらいなはずの勉強そのものは案外面白かった。これまでずっと助手席に乗り続けてきた助手席のプロだ。免許を持っていない人は運転を変われないので必然的に助手席で運転してくれている人と話す役を任されることが多い(たまに我慢してても寝ちゃう、ごめんなさい)。前に座っているから標識は目に入ってきていたし、危うい車も見てきた。運転が上手な人の車にも運転がちょっと怖い人にも乗ったことがある。授業を受けながら今までぼんやりとしていたことが知識として入ってきて「なるほどなぁ」「そうだったのかぁ」とわかって楽しい。これから必要になること、自分が求めていること、興味のあることを身に付ける大人の学びは勉強嫌いでも抵抗感がなくなるから不思議なものだ。

すごくわかりやすく作られている教本にも驚いた。資料や原稿をつくる仕事として、学びが多かった。「どんな人にもわかりやすく伝える」お手本のようなつくりだった。

2週間ほど経って、座学をひととおり受けた頃に技能教習が始まった。

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