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京都からの電話

先日、我が家の電話が鳴った。
出てみると、関西弁のイントネーション。50代っぽい男性の声だった。

知らない人なので「怪しい電話かしら…」とちょっと身構えて話を聞くと、その人は京都の不動産屋さんで、息子が今住んでいるアパートの管理を前の管理会社から引き継いでやることになり、そのため、そのアパートの借主たちに家賃引き落とし先の変更など諸手続きを交わしていたらしい。ところが、どうも息子は、それと並行して「家賃一か月分を振り込む」という大事な用事を一つ見落としたみたいで、その催促の電話だった。何度か契約書に書かれている電話番号に電話するけど、なかなか繋がらず、それで困って連帯責任者になっている我が家に連絡したらしい。

「多分、書類を送ったことで手続きが完了したと思われて、一か月分の家賃を振り込むことを忘れているんやないかと思うんですが…」と、その男性は京都弁のイントネーションで丁寧に教えてくれた。

「あぁすみません。息子に連絡します!息子のことなので間違いなく忘れていると思います!」

と慌てる私。うちの愚息なら充分にありうる「うっかりミス」だわ…と思った。

すると男性は、「いえいえ、〇〇(息子の名前)さんは大学生だと伺っています。ですのでお家賃は親御さんが払っていらっしゃるんですよね。それで連絡させてもらったんですよ」と言われた。

ここで、私「えっ?」となる。

あっそうか。世間では学生の下宿代は親が出していたよね。確かにうちも息子が大学生の時はそうだった。毎月仕送りしていたもん。
だけど、今は親は全くノータッチで、息子が全部一人で段取りして大学院に行っちゃったから「子どもの生活費を親が出す」という観念が完全に抜け落ちていた。
そうだ、そうだった。うちと一般社会の間のズレに、私の脳はバグって少し混乱していた。ズレを修正すべく、我が家の事情を相手に伝えることにした。

「実は、息子の家賃は、うちで払っている訳じゃないんです。全部、息子が自分で出ししていて、全て息子に任せているので、私たちは何もわからないんです…」と私が言うと、今度は男性の脳がバグったみたいで「ひぇ?」と不思議な声をあげているのが聞こえた。
そうよね、意味が分からないよね。

「実は息子は大学生じゃなくて大学院生で、今は働きながら院に通っています。生活費や学費は全部、息子が自分で働いたお金で出しているので、私たち親はノータッチでわからないんですよ」
と私が補足で説明すると、男性は今度は「ほぉー」と感嘆の声をあげた。

「息子は平日はフルで仕事をしていて昼間は電話に出られないので、それでつながらなかったんだと思います。それに学業と仕事の両立ですごく忙しいみたいなので、振り込みのこと、うっかり見落としたのだと思います。本当にすみません」と言うと、男性は引き締まった表情の声で「そりゃあ忙しいはずです。忙しくて当然ですよ」と答え、納得された風だった。

「夕方になれば仕事が終わるので、その頃に私から連絡します」と伝えると、男性もホッと安心されたようだった。

この後、仕事が終わった時間を見計らって息子に電話をかけると「忙しいから後で」とつれない返事。
「今日、不動産屋さんから電話があって…」と言うと、息子氏「今その用事で急いでいるの。今からお金を振り込みに行くから」とのこと。

息子曰く、仕事が終わった後、スマホを見たら着信があり、かかってきた電話番号(不動産屋)にかけ直して、家賃一か月分の振り込み未納の件を先ほどの男性から直接聞いたらしい。それで今から急いで振り込みに行ってくる…と、明るい声で息子は言った。

そうか、話が繋がってよかった。このとき、ふと

これはお母さんの感想だけど、あの不動産屋のおじさん、あなたのことを「いまどき珍しい、なんて立派な勤労学生なんだ」と感じ入って、あなたのことを陰ながら応援してくれる関西のオトンの一人になったと思うよ。
あなたのことを説明した時のおじさんの雰囲気が、何となくそんな感じだったもの。

…ってことを思いついて言いそうになったけど、喉から出る寸前でやめた。それを話したところで、息子は全く意に介さないし、どこ吹く風で全然気にも留めないだろうから。

最初に電話に出た時は「何をやらかしたの!?」と驚いたけど、いい形で解決しそうでよかった。私はホッとした。
しかし、息子の家賃滞納なければ、私はこの男性と電話で話すことはなかったんだと思うと、何とも不思議な感じがした。これも一期一会か。こうやってひょんなことから人が出会い、縁がつながって未来へと続いていく。そう考えると、人生とは本当に面白いものだとしみじみ思った。


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