PCOS症例による妊娠が胎児への神経精神疾患に影響する?
【ご質問原文】
私は29歳でPCOSで、現在移植3回目の判定日待ちです。
PCOSの人の子供は発達障害のリスクが高いというのは本当でしょうか。
私の主治医に聞いたところ、高いと言う論文と、高くないと言う論文があるが、高いと言う論文の方がインパクトが大きいので、ネット上にはそういった話が溢れているだけだ、と励まされました。
主治医の話を聞き、一度納得して不妊治療を始めたのですが、体外受精をして無理に授かった結果、自分の選択のせいで障害のある子供が生まれたとき、責任を取れるのかと考えてしまいます。
【回答】
ご質問ありがとうございます。
PCOSと胎児への神経系異常のリスクについてはいくつか大規模な報告があります。
どのくらい関連するか論文を解説しつつ、見ていきましょう。
フィンランドの大規模調査
研究概要
1996年から2014年までにフィンランドで出産された1105997人の児を対象にし、PCOSと同様の症状をもつ母親から産まれた児を除外し、合計で590939人の母親から産まれた1097753人の児を対象としました。
子供は、2018年までフォローアップし、最大で22歳まで調査しています。
結果
合計105 409人(9.8%)の子供が神経発達障害または精神疾患と診断されました。
母親がPCOSの症例では、子供のあらゆる精神科的診断と関連していました。
(HR 1.32;95%CI 1.27-1.38)
特に、下記の症状において、PCOS症例によるハザードリスクが上昇していました。
・睡眠障害
(HR 1.46;95% CI 1.27-1.67)
・注意欠陥・多動性障害(ADHD)
(HR 1.42;95% CI 1.33-1.52)
・チック障害
(HR 1.42;95% CI 1.21-1.68)
・知的障害
(HR 1.41;95% CI 1.24-1.60)
・自閉症スペクトラム障害
(HR 1.40;95%CI 1.26-1.57)
・特異的発達障害
(HR 1.37;95%CI 1.30-1.43)
・摂食障害
(HR 1.36;95%CI 1.15-1.61)
・不安障害
(HR 1.33;95%CI 1.26-1.41)
・気分障害
(HR 1.27;95%CI 1.18-1.35)
・その他の行動・情動障害(ICD-10 F98)
(HR 1.49;95%CI 1.39-1.59)
この結果は、子供の男女間に有意な差はありませんでしたが、第一子または精神医学的診断や向精神薬の購入のない母親からの出生児に限定して解析した場合にも、頑健でした。
母親のBMIによるサブグループ解析では、
PCOSを有する場合、正常体重の母親の子であっても、精神神経疾患のリスクが増加しました。
(HR 1.20;95%CI 1.09-1.32)
このリスクは、PCOSを有しない正常体重の母親の子と比較して、PCOSを有する重度肥満の母親の子では顕著に高くなりました。
(HR 2.11;95%CI 1.76-2.53)
周産期系障害を除外しても、PCOSを有する母親は、PCOSを有しない母親と比較して、子供の神経精神疾患のリスク増加と関連していました。
(HR 1.28;95%CI 1.22-1.34)
さらに、PCOS症例かつ周産期障害の組み合わせではさらなる増加が観察されました。
(HR1.99;95%CI 1.84-2.16)
同様に、母親の妊娠糖尿病(HR 1.30;95%CI1.25-1.36)、帝王切開分娩
(HR 1.29;95%CI 1.23-1.35)、不妊治療の介入(HR 1.31;95%CI 1.25-1.36)などの症例を除外しても、PCOS症例の関連が認められた。
母親のPCOSと子の神経精神疾患の関連性のメタ解析論文
研究概要
2021年3月までに発表された「PCOS症例による出産と子供の神経精神疾患に関する」19の論文をメタ解析して効果量を再計算しています。
合計の対象者数は、母親1667851人、子ども2260622人でした。
結果
PCOSを有する母親は、下記の症状と診断される子供のオッズが上昇していました。
・自閉症スペクトラム障害(ASD)
(OR = 1.40、p < 0.001)
・ADHD
(OR = 1.42、p < 0.001)
・慢性チック障害(CTD)
(OR = 1.44、p = 0.001)
・不安症
(OR = 1.33、p < 0.001)
・その他の行動障害
(OR = 1.45、p < 0.001)
子供の性別による神経精神疾患の頻度に有意な差はなく、PCOS症例の母親で男女ともに増加していました。
男性 vs. 女性
・ASD
(OR:1.43 vs. 1.66)
・ADHD
(OR:1.39 vs. 1.54)
・CTD
(OR:1.42 vs. 1.51)
まとめ
いくつかの論文をレビューしました。
今回の報告では、体外受精による妊娠よりも自然妊娠による出産がほとんどです。
結果を見ると、PCOSを有する母親の妊娠出産では、子供の神経精神疾患のリスクが上昇するという報告が多い印象です。
子供への神経精神疾患の影響の調査は大規模に行われないと意味がない事や、診断の基準が施設や国によって異なることなどが結果をわかりにくくしており、私としてもこの結果を持って「PCOSを有する妊娠出産は子供に影響がある」と言い切ってしまうのは怖いところです。
また、こういった報告で必ずお伝えしている事ですが
リスク上昇=高頻度 ではない
という事が重要です。
フィンランドの大規模調査では、子供の神経精神疾患の割合は全体で約10%ほどでした。
(PCOS症例も含んでいます)
10人に1人の割合です。
この頻度が多いか少ないかは人によって感じ方が違うと思います。
論文の考察にも書いてありましたが、仮にPCOS症例で子供の神経精神疾患の割合が増加するのであれば、妊娠前に適切なPCOSに対する治療や管理が重要となります。
今回の2つ目の報告では、PCOSによる過剰なテストステロン曝露が胎児へ影響している可能性について、子供の男女でリスクに差がなかった事からその機構によるリスク増加について否定しています。
本当にそうなのかは正直わかりませんが、PCOSに伴う、肥満やホルモン異常などが関与している可能性は考えられると思います。
以上です。
ご参考になれば嬉しいです。
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