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必ず向かい風が吹く大通り

僕はロンドンの中心部からちょっと離れた地域に住んでいるのだけれど、よく行くカフェの道中に「毎回必ず向かい風が吹く大通り」がある。何を言っているのか分からないと思うがこれは比喩でもなんでもなく、その大通りでは、どちらの方角から歩いてきても必ず向かい風しか吹かないのである。

例えば朝コーヒーを買いにカフェに向かうためにその通りを歩くと向かい風に吹かれる。そして、コーヒーを買った後すぐ家に帰るために同じ大通りを逆方向から歩いてくると次は反対方向から向かい風が吹いているといった具合だ。しかも結構な強さの風なので毎回強風オールバックになってめちゃくちゃうざい。

いや単純にコーヒーを買っている間に風向きが変わっただけでは?とツッコまれるかもしれないが、数時間の間に変わるならまだしも、カフェに入って出て来るまでのたった2~3分の間に風向きが変わるだろうか(しかも真逆に)。

そこで僕は思ったのである。これは怪異の仕業だと。
きっと僕は千石〇子とか神〇駿河とか八九寺〇宵みたいに怪異に憑りつかれていて、必ず向かい風に打たれるというちょっと嫌な呪いをかけられたに違いないと。

いやもちろんね、中高で勉強に不真面目だった僕だって風が吹く原理については化学の授業で習ったことを覚えているし、普段からこんな馬鹿げたオカルトを信じたりはしませんよ。
専門は理系ではないけれど、一応大学院を卒業するくらいには学問を信頼しているし、世の中の現象はすべて化学で説明が付くことに今更疑念はない。変な陰謀論にハマっているわけでもないしアルミホイルを頭に巻いて過ごしているわけでもない。
でもどうしたってこの必ず向かい風がくる現象に関しては説明ができなかったので、僕はもういっそのこと怪異のせいにしてしまいたかった。怪異であってくれと願ってすらいた。きっと、退屈で辛い日常を変えてくれる刺激が欲しかったのかもしれない。それだけ大人の生活は惨めで退屈で辛いのだ。

いいや、でもここは一旦冷静になろう。
僕だってもういい歳した大人だ、なんでもかんでも自分の都合の良いように解釈して許される時期はとっくに過ぎているのだ。怪異のせいにしたがる中二病みたいな発想も思春期の少年がするなら可愛いもんだが、アラサーの男が言っていたら痛々しいのにも程があるってもんだ。と思い直し、この現象についてちゃんと真面目に考えることにした。自分で最大限できることをやってみて、それでも分からなかったら怪異のせいにしよう。そして西尾先生にこの物語を送るのだ。

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状況を整理してみる。

現象:カフェに向かって歩くときと戻ってきたときで、大通りで吹いている風の方向が正反対に変わっており、自分から見て必ず向かい風が吹く。

・しかし、大通りを歩いている最中に踵を返し逆方向に歩いてもその瞬間に風向きが変わったりはしない。
問題は、カフェに行ってコーヒーを買うというアクション(2~3分)を挟んだときに限って風向きが反転しているということ。


まず、化学的にこんな頻繁に風向きが変わることがあり得るのかを検証するため、風が吹く原理について復習する。(気象庁のHPが風の原理を分かりやすく解説していた)

https://www.jma.go.jp/jma/index.html


まず前提条件として、風が吹くためには「空気の気圧差」が必要である。気圧に差があると、気圧が高い空気から低い空気に向かって空気が移動し、それが「風が吹く」という現象になる。
そして気圧の差がなぜ生じるのかといえば、「空気の温度差」のせいである。
気圧の高さは空気の温度によって変わるので、例えば北の地域の温度が低くて南の地域の温度が高ければ、空気が冷たい(気圧が高い)北側から空気が暖かい(気圧が低い)南側に向かって空気が動くという原理だ。

風が吹く原理が分かったところで、もう一度今回の状況を振り返る。

カフェに向かって大通りを歩いているときに向かい風を受けている状況というのは、自分の前の方向に気圧が高い空気があり、自分の後ろ側に気圧が低い空気があるということになる。

そしてカフェから戻ってくるときに風向きが真逆に変わるためには、この気圧の関係が逆転する必要があり、つまりは気圧が変化するための気温の急激な変化も必要である。
しかし、数時間単位であれば気圧が変化するほど大きな気温の変化はみられるかもしれないが、コーヒーを買って戻るまでのたった2~3分の間に毎回気温の関係が変わっているとはどうにも考えにくい。
仮に風向きが変化しやすいスポットだったのだとしても、逆に毎回追い風になる日があったっていいはずだ。

よって、毎回コーヒーを買った直後に都合よく風向きが変わっているという現象はかなり不自然であるといえる。

じゃあやっぱり怪異の仕業じゃないか!と浮き立ったのも束の間、僕は大事なことを一つ見落としていたことに気付く。

「行きと帰り、違う場所歩いてね?」と。

いやもちろん毎朝間違いなく同じ大通りを歩いてはいた。ただ、この大通りは、文字通り「大」通りなので、端から端までの距離は結構長く、4車線挟んで二つの歩道がある。そして以下の図が示すように、僕は無意識に、カフェに向かうときは右側の歩道を、帰りは左側の歩道を歩いていた。

左側の歩道を歩いていた理由は、コーヒーを買った後はついでに左側にあるスーパーでパンやらヨーグルトやら朝ご飯となるものを買うことが多いから。あまりにもルーティンワーク過ぎたのでこの流れに何の疑問も抱いていなかった。

僕はこの現象を考える際、大通りという空間を一つのユニットとして見ていたので行き帰りを同じルートで往復しているという前提で考えていたが、歩道と歩道の間の距離の長さを考えれば、違う空間を歩いていたと言えなくもない。とはいえ流石にこの距離で風が変わるか?と思いながらも一応試しにコーヒーを買った帰りに同じ歩道を歩いてみた。

めっっっっっっっっっちゃ追い風

いやもうまじかと。ここまでやってきてこれかと。
退屈な日常を送っていたこれといって取柄もない僕にもようやく物語の主人公になれそうな超常現象が起きている!怪異だ怪異だ!とテンション上がっていたのになんだよ結局つまらない人間にはつまらない日常が続くことを思い知らされただけ僕は逆立ちしても阿良〇木君にはなれないし美少女達にモテないし可愛い妹達もおらずただただ無気力に生きるだけの社会の歯車に過ぎないのだ

とかなり落ち込んだのだけれど、では一体どうして左右の歩道で異なる風が吹いているんだろうと一応考えてみた。

同じ時間帯で左右の歩道を行き来して分かったことだが、どうやらこの広い大通りではゆるい竜巻というか、つむじ風のような螺旋状の風が時計回りに吹いているらしく(多分周りの建物が高かったり、複数の方角から風が入ってくる構造のせい?)、カフェに向かって帰る動きを反時計回りに行うことで毎回向かい風を受けてしまうという仕組みだったようだ。

だからこの仕組みを利用して、いつもとは逆に左側の歩道からカフェに向かって歩いていくとずっと追い風の恩恵を享受することができるということになる。

どーーーーーーでもいい。心底どーーーーーーでもいいライフハック。しかもこの大通りでしか使えない超局所的ライフハック。返せよ。俺のロマン。俺の童心。夢。得たものに比べて失ったものがデカすぎるんだよ

いやでも冷静に考えれば結局こういったロマンを信じる力ってのは実は愚者の特権なのかもしれないな(損したことを認めたくない言い訳タイムの始まり)。僕たち大人はこれらを信じられる少年達を羨ましく思うけれども、結局あれはその現象の根拠を調べるという発想も知識も能力もないだけの未熟さ故の愚行なのであって決して大人の立場から憧れてはいけないんだよな。いい歳して陰謀論とか変な宗教にハマったりする奴らの正体はこれなのかもしれないな~とか言ってみたところでやっぱり悲しいもんは悲しいしもう僕は生きるのが嫌になった。超常現象を信じられるほどの幸せなバカにもなれず、何かを発見・発明できるほど賢くもなく、ただただ退屈な人生を送り続けるだけの、モブであることを自覚できる程度の中途半端な知性だけを持った世界で最も不幸な層の中にいる1人それが僕

すみません特にオチはないです









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