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interview säje:今のジャズに必要な4人の女性作編曲家による"声"の音楽

サラ・ガザレクを中心に4人の実力派のヴォーカリストにより結成されたセージュは2023年のグラミー賞「Best Arrangement, Instruments and Vocals」にノミネートされた。対象になった「In The Wee Small Hours of the Morning (feat. Jacob Collier)」はゲストとして参加したジェイコブ・コリア―も含めて、5人全員がアレンジにクレジットされている。

" In The Wee Small Hours of the Morning (feat. Jacob Collier)" 
・music by David Mann with lyrics by Bob Hilliard
・arranged by Jacob Collier, Amanda Taylor, Erin Bentlage, Johnaye Kendrick, and Sara Gazarek
・featuring Jacob Collier (piano and vocals)

サラ・ガザレクエリン・ベントレイジアマンダ・テイラージョナイエ・ケンドリックの4人によるセージュはとても現代的なグループだ。すでにその地位を確立しているサラ・ガザレクや、近年、ムーンチャイルドやジェイコブ・コリアーとも共演し、注目を浴びているエリン・ベントラージにフォーカスされることもあるかもしれないが、その音楽性もその製作のプロセスもすべてが平等で、実に民主的だ。その姿勢はグラミー賞ノミネート曲のクレジットが示している。

ビートルズからマイケル・ジャクソンマイケル・キワヌカからバッドプラスと幅広くチョイスされたカヴァー曲も、それぞれが持ち寄った完成度の高い自作曲も誰かひとりが先導するわけでもなく、全員の個性が組み合わさり、溶け合っている。それは4人の高い実力が可能にいるのは言うまでもないが、それだけでなく、4人がそれぞれを尊重し、それぞれがそれぞれを引き立てるように曲を書き、編曲し、歌っているからだろう。そのグループの在り方がそのままメッセージにもなっている。

今回はグラミー賞ノミネート発表直前のタイミングで4人に取材することができた。セージュの成立過程から、4人が考えるセージュの存在意義までを語ってくれたことで、なぜ、セルフ・リリースのアルバムがグラミー賞にノミネートされたかの理由がより明確になった気がする。

女性アーティストが作曲も編曲も行い、それを自分たちで歌うこと、そして、それが評価され、のちのシーンに引き継がれていくこと。その重要性がようやく語られ、取り組みが始まったのが近年のジャズシーン。女性作曲家によるオリジナル楽曲を集めた楽譜集『New Standards: 101 Lead Sheets by Women Composers』テリ・リン・キャリントンらが編んだことの意味とセージュの存在はそのまま繋がるものではないかと彼女たちの話を聞きながら思った。

そんなセージュの4人の慎ましさの中にも意志を感じさせる言葉をぜひ来日公演を前に読んでもらいたい。

取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 通訳:染谷和美 | 協力:Cotton Club

https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/saje/

◎säjeとは

――まずはそれぞれのメンバーを紹介してもらえますか?

サラ・ガザレク(以下、サラ):Sajeはスーパーパワーって感じの集結です。それぞれに埋めるべき場所を持っている人たちで、その人でないとできないパワフルな持ち場を持ってやっています。

<Sara GazarekがErin Bentlageについて語る>

サラ:私にとって、エリン・ベントレイジはミュージシャンとして優れた腕前を持っていつつ、自分の魂をしっかり反映できる人という印象があります。彼女はアレンジャーとしてもコンポーザーとしても自分のハートや自分の中にある人間としての価値みたいなものをしっかり作品に投影できている。そこがとても特別なところだと私は思います。そういうアーティストはとても珍しいんです。そして、彼女は聴く人を感動させることができるんですよね。彼女の声、アレンジやコンポーザーとしての実力を通すと、単なる曲じゃなくてそれ以上のものに仕上がっていくんです。

ちなみに私とエリンは長い付き合いで、これまでに私のアルバム(※『Thirsty Ghost』)にも参加してくれているし、今回、セージュの作品もやってくれました。彼女は自分自身の作品も作り始めているし、ジェイコブ・コリアーなどのコラボレーションでも活動している。これからが楽しみな人ですね。


<Erin BentlageがJohnaye Kendrickについて語る>

 エリン・ベントレイジ(以下、エリン):こうやって一緒にやる以前からジョナイェはジャズ・シンガー、コンポーザー、インプロバイザーとして、強烈な存在感を放っていた人です。実際にミュージシャンとして一緒にやって思うのは、その時にその場のモーメントを掴んで表現する力のある人だってこと。特に、メロディと彼女の関係性は他にはなかなかないものだなと感じています。セージュのために彼女が持ってくるメロディのアイデアはとても深みのあるものでした。みんなで彼女のメロディを発展させて曲として完成させるんです。彼女は曲を生み出すきっかけを作ってくれるようなメロディセンスを持っている人だと思います。

それに彼女と一緒に歌っていると、彼女の歌に引き込まれたり、もしくは突き放されたり、そういったフォース(力)のようなものを歌から感じるんです。それを感じながら歌えることを私は楽しんでいます。

<Johnaye KendrickがAmanda Taylorについて語る>

 ジョナイェ・ケンドリック(以下、ジョナイェ):アマンダは天才にして多才です。アレンジャーとしてもそうですが、(彼女のプロジェクト)Wicked Pigeonを聴けば、共演者の良さもどんどん引き出す人だし、誰かと共演することによって、自分のヴォーカルの幅も広げていく人だとわかります。アンサンブルの中に彼女が加わると、私たちがいつも馴染んでいるものとは違う音が生まれるし、もしくは彼女がいなかったらできないことが可能になるんです。

 ジョナイェ:そして、彼女はコンポーザーとして特別なヴォイスを持っています。例えば、アルバムでいうと「Wisteria」ではそれが聴こえると思います。とても優しい人なので、そのジェントルさが自然と彼女の音楽性に出ているような気がします。彼女はソロで歌ったときにとても美しいだけではなく、彼女のアレンジの幅の広さによって彼女自身の声という楽器をうまく活かすこともできています。とにかくなんでもできる人ですね。

<Amanda TaylorがSara Gazarekについて語る>

アマンダ:さきほどエリンが「フォース(力)」という言葉を使っていましたが、私もサラを説明するにあたって、その「フォース(力)」という言葉を使いたいと思います。
 
とにかくそこに気持ちが入れば、全てを可能にしてしまうがサラ。恐れを知らないし、とことん追求する人だし、追求した結果として本当に素晴らしいものを作っています。それだけ情熱を持ってやっているし、エネルギーも半端じゃない。とにかく力を抜かない人だと思います。それは、音楽に対してだけではなく、人間関係においてもそうだし、音楽ビジネスに対しても同じです。私が彼女を知って以来、毎日その姿勢を貫いているのが、サラのスゴイところだなと思います。

◎säjeの結成プロセス

――そんな4人がどのような経緯でこのプロジェクトを始めたんですか?

サラ:お互いなんとなく知ってはいたんです。ジャズの世界は狭いし、ましてや女性となるとさらに狭い。そして、女性のコンポーザーとなるともっと狭くなります。ジョナイエとは昔から知り合いだったし、アマンダのことは皆なんとなく知ってたし、みたいな感じですね。知り合い同士が集まってそういう話をする中で、実験的に何か一緒にやってみたいねという話から始まったのがこのプロジェクトです。

最初に書いたオリジナル楽曲が「Dessert Song」。数日で完成した曲なんですが、お互いの関係性や一緒に歌った時の声がどうなるのか、私たちの個性がどうブレンドしていくのかなど作曲しながら学んでいきました。あの曲は、挑戦ではあったんですけど、こういう音楽が作れてありがたいって意味ではギフトでもありました。

一緒にやっていた時の感覚としては、素敵な音楽が作れるだけではなくて、もちろん大変ではあるけども、安心して取り組める環境だと感じました。自分たちの歌声を聴きながら、自分たちで歌っているんだけれども、それらが一つに溶け合う瞬間や歌声が混ざるバランスは他では味わえないものでした。

――当初からグループとしてのコンセプトやその先のプランはあったのでしょうか?

エリン:長期的なことは全く考えていなかったと私は思います。当初は一緒に曲を書いて、Jazz Education Networkというフェスに出て歌うことが目的でした。そのフェスはジャズ系のカンフェレンスで生徒だけではなくて、先生が多く参加しているので、どちらかというと教育者向けのカンフェレンスだと思います。そこでは高校生や大学生のグループが演奏したり歌ったりもして、フィードバックを受けたりしていますし、教育者が集まった討論会やカンフェレンスが開催されます。

いただいたオファーは「一緒に曲を作り始めてから7ヶ月後のフェスティバルで60分間のセット」。当時、特に野心を持って自分たちを売り込んでいたわけでもなかったんですが、そこに向けて曲を増やして、アレンジしていたら、他のフェスからのオファーも増えていって、ライブをやる機会が増えていったんです。

でも、パンデミックになってしまった。今度はライブができない状況になったので、自分たちがやっていることを深掘りしてみようと思ったんです。ライブができないなら、レコーディングしようという話になりました。そんな感じなので、長期的な計画を立ててやってきたわけではないですよね。

◎säjeの曲作りとアレンジ

――セージュとしてみんなで曲を作るプロセスはどんな感じでしょうか?

サラ:基本的にはコラボレーションという形でやっていますが、曲によっては誰かが強烈なアイデアを持っていて、そこからスタートするということもあります。アレンジに関してはセージュのスピリットが4人に宿っていると思います。オーケストレーションをアマンダがやったとしても、アマンダの中に他のメンバーの声が聞こえているから、最終的にはそれがセージュならではのアレンジになります。説明するのがとても難しいですね。全ては全員参加なので、本当はセージュとしてグループ名でクレジットしたいくらいです。

――例えば、「Dessert Song」はどのようにアレンジしたのでしょうか?

サラ: これは最初に書いた時は歌詞も曲も皆で一緒に歌う感じだったんだけど、フェスで歌うことになったので、改めてハーモニーを組み直しました。エリンが立候補してアレンジをしてくれて、あの段階でのライブ・バージョンが出来上がりました。

ジョナイェ:当初書いたものの中に良いところが沢山あったので、それを活かしながら、最終的なバージョンを仕上げました。メロディラインに関していえば、最初の段階から良いものがあったのでそのまま4人のハーモニーで歌っています。みんなで一緒に書いて、レコーディングのバージョンをライブ・バージョンにする際、最初の素材をそのまま活かせるのは、とても珍しいことだと思います。 

エリン:滝が降って流れていくように音階が下降していくメロディ部分は、最初の段階からあったんですよね。私のアレンジは即興的な発想でやってしまうところがあります。つまり、その時の気分次第で作っていくことが多いんです。でも、この曲に関しては2人がデュエットする部分は入れておきたかったので、そこは意識していました。

サラ:私それ知らなかった!知ってた?

ジョナイェ&アマンダ:知らなかった!

サラ:そう言われるまで知らなかったけど、エリンはそういうハーモニーの組み方をよくやるなとは思っていました。でも、それが意図的なものだったのか、心で感じたままをやったものだったのか、私は知らなかったですね。

――それぞれの意図がわからないままでもここまでの完成度になるんですね。アルバムにはカバー曲もありますよね。

サラ:一番興味深かったのは「Solid Ground/Blackbird」かな。私たちの共有フォルダがあるのですが、そこにほぼ完成した状態のアレンジでアップロードされてきた曲です。本当に天才的なアレンジで新鮮味もあったし、ビートルズの「blackbird」もハーモニーがほぼ完全に組み直されていて最高です。
 
アメリカで有名な『Grey's Anatomy』(邦題:グレイズ・アナトミー 恋の解剖学)』で流れていた「Solid ground」という(マイケル・キワヌカの)曲から「black bird」につながる部分なんですけど、その時ちょうどカマラ・ハリスが女性として初めて副大統領に就任したんです。その飛躍みたいなこととも絡めて、私の中では2曲を繋げるイメージが出来上がったんです。だから、アレンジしてくれていたアマンダに対して私の方から「ごめんね、せっかくアレンジをほとんど完成させてくれているけど、こんな風に二つの曲を繋げてみたらどうかな?せっかく天才的なあなたの仕事なのに申し訳ないけど…」と伝えました。
 
2曲を繋げて7分間のソロなしのアレンジを作ってもらいました。これが上手くいくか行かないかで、私がアマンダに殺されるか、グループを脱退するかのどっちかだったと思うけど(笑)、それを乗り越えて、このアレンジが出来上がりました。

アマンダ:もちろん私はグループを抜ける気はないですし、誰かを殺す気もなかったですが(笑)ただ本当に疲れました。でも、疲れた甲斐ある作品にできだと思います。
 
励みになったのはサラがあらゆることにより深い意味を求める人だからですね。このアルバムの曲で基本的に2人だけで仕上げた作品はこの曲だけだと思います。ひとつひとつのパーツに対して即興的に取り組む私にしては、それぞれの意味をきちんと考えて作った曲だと言えると思います。バックグラウンドやテクスチャー、音の選び方に関しても意識的に挑みました。それはサラがどんどん深い部分を追求してくる人なので、それに応えようとした結果だと思います。

――バッド・プラスのカバーもしていますね。

ジョナイェ:最初に自分たちが一緒にやってみたい曲、やりたいアーティストのリストを作りました。その中にバッド・プラスの曲があって、「これは当然やるでしょ!」と全員一致した曲でした。インストの曲をやりたいという気持ちがあったことと、そもそも歌詞が全くない曲を私たちが歌ってやろうと思って選んだ曲だと思います。

私とアマンダが初めてコラボレーションした曲です。リード・セクションのメロディのアイデアは私の方が考えたんですが、そこにアマンダがオーケストレーションをかけました。

アマンダ:最初の打ち合わせはZOOM。ZOOM越しだったのもあって、最初はお互い相手の部分に口を出すのを遠慮してしまったり、お互いのクリエイティブな空間を侵害したくないという気持ちがあって、デリケートな会話になっていたところがあったのを覚えています。私たちが曲をしあげた後に、サラが本当に素晴らしいスポークン・ワードの歌詞を書いてくれて、そこからは3人のコラボレーションという形になりましたね。

◎säjeに影響を与えた曲たち

――さっきおっしゃっていた、やりたい曲のリストって、Spotifyにある「säje inspirätion」というプレイリストですか?

エリン:ほぼ一致していると思います。プレイリストを作ったのはサラなので、サラがリスナーに向けてセージュにインスピレーションを与えた曲ということで作ったと思います。基本的にアルバムに入った曲の背景やアルバムに収録したかったけど入らなかった曲、アルバム制作する上で話題に出た曲がプレイリストには入っていますね。

◎女性4人のコーラス・グループであること

――今、ヴォーカリスト4人のコーラスグループってすごく珍しいと思います。この4人の声の魅力はどんなところだと思いますか?

ジョナイェ:まず人間としての個性があって、それぞれの声の響きや匂いがこんなに違う私たちがなぜか4人一緒に歌うことによって一つにまとまって、人間的にも創作的にもお互いのスペースを尊重しながら、皆それぞれ個性的な声がきちんと聞こえるように、一緒に歌えるところが魅力だと思います。お互いに対する敬意やお互いに与え合う間(スペース)みたいなものを大事にする感覚を楽しんでもらえると思います。

New York Voicesマンハッタン・トランスファーのような伝統的なヴォーカル・グループは、どちらかというと男女混声の方が多いので、女性の声だけというのは珍しいと思います。こういう(女性4人の)グループだから選ぶ曲、私たちが歌った時にどう聞こえるかは面白いポイントだと思います。それに女性のクリエイターたちが後に続いてくれるような、そういう事例を作っていけたらいいなとも思ってやっています。

サラ:先ほどお話ししたカンフェレンスのフェスの時はセージュの今後の活動を考えないままステージに上がっていました。でも、あの瞬間「今の世界にこういうものが必要なんだ」って感覚があったんです。その後ステージに上がるたびに自分の中でその感覚がすごくクリアになってきました。ライブのたびに表面化してくる感覚もあります。これはある種の「レッスン・イン・アクション」だと思っています。行動で示している教訓みたいなものです。リプレゼントされていない世界というのが世の中にはあって、それをどう変えていったら良いのかに関しては、皆それぞれに思うところがあるはず。私たちのようにそれぞれがバンドリーダーである4人の女性が集まって一緒に歌うことって、あまり類を見ないパターンだと思うので、コンセプトという言い方は違うかもしれないけど、それを皆に伝えていくのは「教訓」みたいなものなのかなって思います。それを口に出して言葉で伝えるのではなくて、歌うことだったり、そこに「居る」ことによって体現する、そんな私たちセージュのスピリット自体がとても特別なものだと思います。

――なるほど。

サラ:「何故セージュを見にいくべきなのか?」という問いに対する答えを、私は持ち合わせいません。でも、私たちの活動に対するリアクションを見ていると私たちがやっていることは、これまでに埋める必要があった空間だったんじゃないかと思うんです。だから、私たちが出てきたことに皆が反応してくれていると思いますね。

エリン:確かに他の音楽ジャンルだと女性4人で歌うってことはよくあることかもしれません。でも、ジャズにおいては本当に少ないんです。私たちは4人のハーモニーを使えば、ビッグバンドやR&Bがやっていることを、より複雑な声の組み合わせによって表現できます。私たちはソロでも歌えるけれど、あえてこうやって皆の声の組み合わせで表現することが私たちの魅力だと思っていますね。

アマンダ:今回のツアーの最後が日本になるんです。これまで頑張ってきたことの集大成といった感じで、皆でお祝いできたら思っているので、とても楽しみにしています。


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