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彼女と60円と世界の果てと


 地図屋栄吉です。人々を困惑させたくて今年noteを始めました。基本的に誰も書いてないタイプの旅記事を書くよう心掛けています。よろしくお願いします。



 この記事は文筆家・コピーライターのことばと広告さん主催の「モノカキングダム2023」へのエントリー作品です。参加条件となるテーマは"あったか"です。以下、参加概要です。




 先に言っておくと、今回の記事の途中に出てくる写真(サムネ画像じゃないよ!)は過去に私が現地に行って撮影したものです。どうやって使おうかなと考えあぐねていたのですが、丁度いいタイミングでこのコンテストとテーマが出てきてくれたおかげで、思わぬ形で記事に仕上げることができました。このような機会を設けてくださったことばと広告さんに感謝いたします。


 それでは、対よろ(対戦よろしくお願いします)です。





「モノカキングダム2023」エントリー作品
ジャンル:小説
タイトル:彼女と60円と世界の果てと





 冬の寒い太陽の下、県道沿いにある自販機でhotのコーヒーを買って彼女に手渡した。
「あったかい」
 コーヒー缶を両手に抱え、彼女は言った。缶を開け、コーヒーを一口、白い吐息を漏らす。
「おいしい?」と俺が聞くと、彼女は照れくさそうに「えへへ」と笑った。自分用のコーヒーを買うため、自販機に硬貨を入れる。思えば随分遠くに来てしまったな。四国にある世にも珍しい自販機を前にして、記憶がフラッシュバックしたーー。





ーーあれは雨の日の夜、新宿の薄暗い路上だった。
「連れて行って。お願い。どこか遠くへ」
 彼女は俺の胸にすがり、涙の混ざった声でそう言った。俺の手からビニール傘がこぼれ落ちた。彼女を両腕で抱きしめ、「うん、分かった。遠くへ行こう」俺はそう答えた。


 車を出して、東京を抜け出した。街の光はまるでサーチライトのように見えた。おそるおそる踏み込むアクセル、緊張をはらんだブレーキ。俺たちは囚人で、ここは監獄なんだ。それならば、彼女と一緒に逃げよう。ここよりもずっと自由な場所へ・・・・・・。



 神奈川を抜けた。静岡を抜けた。愛知を抜けた。三重を抜けた。滋賀を抜けた。京都を抜けた。

 京都と大阪の県境にさしかかったあたりで、彼女が父母ヶ浜(ちちぶがはま)を見たいと言った。そこは香川にある観光名所で、潮だまりが鏡のように空模様を反射するので、ウユニ塩湖ような絶景スポットとして人気なところだ。俺も一度行ってみたかったんだよね、いいよ、と返事をした。


 それから、大阪を抜けた。淡路島を経由して兵庫を抜けた。徳島を抜けて、香川に入った。


 日が暮れだした頃、父母ヶ浜まであとすぐのところで、どうしても休憩が欲しくなった。ちょっと休んでコーヒーでも飲もう、彼女と話した。善通寺市の県道48号線沿い、色んな自販機が置いてあるのが目に入る。丁度いい。車を停め、自販機の前に立った。






「え、三流コーヒー?」
 謎の張り紙に俺たちは困惑した。確かに、60円と安いけど、普通そんなこと堂々と主張しないよな。四流緑茶まであるぞ。しかもそっちは40円・・・・・・。お金を入れて、三流コーヒーと貼られた缶のボタンを押してみる。出てきたのは三流コーヒーという張り紙の缶コーヒーではなく、某メーカーの普通の缶コーヒーだった。ひ、酷いな・・・・・・。





 しかし、よく見ると自販機の下に”味は一流、所有者は三流”と張り紙がしてある。なんだ、そういうことか・・・・・・。俺は安堵して、その缶コーヒーを彼女にそっと手渡したーー。






ーー父母ヶ浜はもうすぐだ。コーヒーを飲み終えて車に戻る。父母ヶ浜へ行った後はどうしようか、何も考えていない。それでも、彼女とならどこまでも、世界の果てまで行けるような気がする。だって、三流コーヒー自販機なんて予想外の代物がこの日本にはあるんだ。それなら、世界にはもっと予想もできない何かが俺たちを待っている可能性だってあるんだ。


「行こうか」
 彼女に手を差し出す。何度も握った彼女の手。さっきまでコーヒーの缶を握っていた彼女の掌があったかい。このぬくもりは彼女のぬくもり、世の中のぬくもり、そして三流コーヒー自販機の所有者さんのぬくもりだ。この感覚を決して忘れまい・・・・・・、俺は心の中でそう誓った。








終わり




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