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019 『荒川豊蔵大萱窯の研究』の刊行について

2019年度からおこなっていた志野と瀬戸黒の重要無形文化財技術保持者(人間国宝)である荒川豊蔵さんの大萱窯から出土した陶片の調査を『荒川豊蔵大萱窯の研究』と題し畑中研究室調査研究報告シリーズ15として刊行しました。


ご存じのように豊蔵さんは日本を代表する陶芸作家で、長らく忘れられていた桃山陶器を復興させ独自の境地に至っています。昭和30年(1955)には、志野と瀬戸黒で重要無形文化財技術保持者(人間国宝)に認定されています。

 その豊蔵さんの工房がある岐阜県可児市に所在する大萱窯跡群牟田洞窯跡において2014年度に愛知学院大学(藤澤良祐教授)によって工房跡の検出を目的とした発掘調査が実施された折に、豊蔵さんのものとみられる陶片が大量に出土しました。大窯期の牟田洞窯跡を明らかにすべく行われた調査であったのですが、当該地点は、豊蔵さんの作業場に隣接していたことから、これらの陶片との邂逅は起こり得ることではありました。

 愛知学院大学における調査の主たる目的は、先に記したように大窯期の牟田洞窯跡の解明であったことから、荒川豊蔵に関わる陶片は調査報告書である『岐阜県可児市 大萱窯跡群 牟田洞窯跡 第1・2次発掘調査概要報告書』においては概要を記すのみに留まりました。これらの陶片を対象にした調査報告を企図される中、私に共同調査の実施を打診されました。私自身桃山陶器に大きな興味を持っていることから、豊蔵さんに対する興味は非常に大きなものであり、意欲をもって取り組むことにしました。2019年度から愛知学院大学に足を運び、調査を行い、その後可児市教育委員会から正式に京都市立芸術大学へと陶片を借り受けて調査を進めることになったのでした。

 現代作家が制作の途上で廃棄した陶片を調査し、その技や思惟を垣間見るという、あまり例を見ない刺激的な試みではありました。


写真図版の一部

ただ、程なくコロナ禍により大学での諸々の活動が制限されるようになり、調査を思うように進めることができなくなりました。その中で、藤澤教授が病臥されたこともあり、調査を共に行なった倉澤佑佳さん(京都市立芸術大学博士課程/福井県陶芸館学芸員)と藤沢教授の門下である森まどかさん(福井県陶芸館学芸員)の大きな助力を得て、やむを得ずその時点で得られた成果を取りまとめ、ここに上梓することにしました。基礎資料として282点の実測図を提示することにより、大萱窯での陶業の大要をつかむことはできたと考えています。また、自分なりにではありますが、昭和初年の桃山復興の動きについて整理した文章「「桃山復興」をめぐる言説」を書きました。


実測図の一部

手がけた時間は長かったものの、十分な体制で調査を深めることはできず、情報を十分に引き出せたかどうかは心許ないものがあります。今はただ藤沢教授のご快癒を祈るとともに、機をあらためて調査を進めることができればと考えておりますので、足らずの部分はいずれ補うこととします。

読みたいとおっしゃっていただける方につきましてはオンデマンドで対応いたします(実費1500円)。

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