綿野恵太

1988年、大阪府生まれ。福島県在住。出版社を経て文筆業。近刊に『「逆張り」の研究』(…

綿野恵太

1988年、大阪府生まれ。福島県在住。出版社を経て文筆業。近刊に『「逆張り」の研究』(筑摩書房)。そのほか『みんな政治でバカになる』(晶文社)、『「差別はいけない」とみんないうけれど。』など。 mail:edoyaneko800@gmail.com

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    現在執筆中の本の草稿を掲載していきます。 悪意といったテーマになるかな、と。 目標は月2回以上の更新です。また、過去に執筆したエッセイや論考を掲載予定。 (※宣伝や読者獲得のため、過去の記事を期間限定で無料公開する場合がございます。ご了承くださいませ)

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最近の記事

論破されてみた件、その2

   (前回のつづき)  あ、ひろゆきさんはぼくの話をぜんぜん聞いてない。何度か言葉を交わして、気がついた。正確にいうと、ぼくの言葉は耳に届いている。けれども、単に届いているだけ。どんな事情で、どんな意図で、どんな思いで、どんな文脈で、どんな背景で、その言葉を使っているのか。相手を理解しようとする気配がまったくない。他人の言葉に耳を傾けようとは絶対にしないのだ。

    • 論破されてみた件、その1

       2024年2月23日の夜。ぼくは疲れ切っていた。テレビ局が用意してくれたタクシーで、ぼくは友人宅に向かっていた。高級ミニバンのアルファードの乗り心地は最高で、リクライニングを倒してそのまま眠りたかった。けれども、いろんな感情が渦巻いて眠れそうになかった。ムカつく、悲しい、くやしい……。  論破された、論破されたらしい……ぼくはネットテレビ番組「アベマプライム」に出演したところだった。時事問題を討論する番組で、その日のMCは2ちゃんねる創設者のひろゆきさんだった。朝日新聞に

      • アステイオンに寄稿しました

        5月24日に刊行される『アステイオン』100号に「物流倉庫のバイトのあとに『柔らかい個人主義の誕生』を読む」というエッセイを寄稿しています。文字通り末席に加えていただいております。あいうえお順的に。   よろしくお願いたします。    エッセイにも書いたのだけど、物流倉庫でバイトしている。注文に合わせて在庫の商品を集める「ピッキング」という作業である。働き始めて一週間ぐらい経ってから気づいたのだが、まったく会話がないのだ。同じフロアで十数人の人間が働いているにもかかわら

        • エスカレーターと合理的利他主義

           コロナ禍のころ、フランスの思想家ジャック・アタリの「合理的利他主義」が注目された。合理的利他主義とは、利他主義が自分の利益になる合理的な選択である、という考え方だ。将来の世代といった他人のために行動すれば、長期的に見ると自分に利益をもたらす。他人にした親切は巡りめぐって自分に戻ってくる。いうなければ、「情けは人のためならず」である。  アタリ氏によれば、いまの資本主義社会では「自分さえ良ければよい」という利己主義が蔓延している。そのために、貧困や格差、気候変動や戦争といっ

        論破されてみた件、その2

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          下向きの自己啓発書とアナキズム

           「下向きの自己啓発書」と僕が勝手に読んでいるジャンルがある。  一般的にビジネス書や自己啓発書は上を目指す人が読むものだ。日々の努力を欠かすことなく、さらなる上を目指そうと、優れた経営者の思考法やノウハウを学ぶ。偉人の人生を追体験し、己の心を奮い立たせて、仕事のやる気を高める。仕事や勉強を効率化するための本は、書店にたくさん並んでいる。  けれども、下向きの自己啓発書は真逆だ。がんばらなくていい。努力しなくていい。しんどい仕事はしなくていい。人生無理せずに、もっと楽に。

          下向きの自己啓発書とアナキズム

          下からのウォーク・キャピタリズム

          二〇一九年の東京大学の入学式、社会学者の上野千鶴子さんが、受験競争を勝ち抜いた新入生たちを前にして、こんな祝辞を述べた。がんばったら報われると思えることこそ、あなたの恵まれた環境のおかげだった。だから、あなたたちの恵まれた環境と能力を、自分ひとりが勝ち抜くためだけに使うのではなく、恵まれない人々を助けるために使ってください、と。 この反響と反発を巻き起こした上野さんの祝辞を思い出したのは、ある新聞記事を読んだからだった。少子高齢化に直面し人手不足で悩む福祉業界に新風を巻き起

          下からのウォーク・キャピタリズム

          これがほんまの犬死やなあ

           むかし上岡龍太郎と笑福亭鶴瓶がやっていた『パペポTV』というテレビ番組があった。二人がフリートークをおこなう番組なのだが、そのなかで上岡さんが若手時代に見た、上方のお笑い芸人の話が面白かった。リアルタイムではなく再放送とかで見たと思う。もう一度観たいと思っていたが、なかなか見つからなかった。  上岡さんが亡くなられたとき、過去のインタビューがネットに再掲載されていたのだが、そのなかで同じ話をしていた。  パペポTVのときはもっと面白おかしく話していた記憶がある。楽屋で花札

          これがほんまの犬死やなあ

          マガジンを定期購読されている方へのお詫び

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          丸善京都店「逆張りくん」の本棚選書リスト

          昨年、『「逆張り」の研究』(筑摩書房)の刊行記念として、丸善京都店でブックフェアを行いました。「逆張りくん」として影響を受けた本を20冊を選び、コメントをつけています。フェアは終了したのですが、そのままにしておくのは持ったないので、ここに載せておきます。よろしければ、ぜひ読んでみてください。 1 長濱一眞『近代のはずみ、ひずみ: 深田康算と中井正一』(航思社 2020年)  逆張りは差異化するための最も効果的な方法。だから、新しい批評家は先行世代の批評家の逆をはってデビュ

          丸善京都店「逆張りくん」の本棚選書リスト

          異世界転生しないホリエモン

           ひろゆきは異世界転生する。しかし、ホリエモンは異世界転生しない。この点にふたりのキャラの違いがもっとも表れている。  たしかに両者には共通する感覚がある。どちらも集団の不合理なルールが大嫌いだ。  少し前、ホリエモンが「寿司職人が何年も修行するのはバカ」と発言して、炎上したことがあった。寿司屋で下積みする必要はない。専門学校で集中的に勉強したほうが効率良く技術を習得できる、と。こういう発言の背景には、前回触れたインターネットのオープンイノベーションの考え方がある。  「

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          異世界転生しないホリエモン

          ポリコレという市場化について

          (前回のつづき)

          ポリコレという市場化について

          自利利他を実現するバザール

          (前回からの続き) 資本主義はさまざまな集団を解体していく。その最果てにあるのが、フリーエージェント社会である。  2001年に出版された『フリーエージェント社会の到来』という本がある(邦訳は2002年)。著者であるダニエル・ピンクは、クリントン政権下でスピーチライターを務めていたが、家族と過ごす時間を増やすためにフリーエージェントとして独立した。すでにアメリカ人の四人に一人がフリーエージェントとして働いている、とピンクは紹介している。  組織から自由になった人々が

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          集団に謎ルールが残り続ける理由

          (前回からのつづき)  どの集団にも謎ルールが存在する。謎ルールとは、集団のほとんどのメンバーが嫌がっているにもかかわらず、なぜか存続しているルールのことだ。ぼくが勝手にそう呼んでいるだけなのだが。とはいえ、みなさんもこの理不尽な謎ルールに苦労した経験があるんじゃなかろうか。  たとえば、会社であればサービス残業、学校であれば下級生へのシゴキ……などなどだ。なんのメリットもない。意味もない。やってる本人も内心では嫌がっている。けれども、一向に無くなる気配がない昔からの風習

          集団に謎ルールが残り続ける理由

          利己を利他に変える「見えざる手」

          (前回からの続き) アシュリー・バビットという退役軍人の女性が銃で撃たれて死亡した。2022年1月、トランプ大統領の支持者たちが選挙の不正を訴えて連邦議会議事堂に乱入したが、彼女はそのひとりだった。ドナルド・トランプが小児性愛者の人身売買ネットワークと戦っているという「Qアノン」と呼ばれる陰謀論を信じていた。死後、彼女は殉教者のように扱われた。議事堂前では献花がおこなわれ、彼女の誕生日にはトランプ元大統領からメッセージが送られた。

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          思いがけず悪意

          (前回の続き) 統治の倫理が思いがけず悪意ある行動を生み出してしまう。 統治の倫理は集団を維持するために必要な行動をリスト化している。だから、国家や軍隊といった大きな集団だけでなく、マフィアやヤクザにも当てはまる。友人や家族といった小さな集団にも通用する倫理だ。 ぼくは集団が苦手である。高校も中退したし、大学にもほとんど通わなかった。会社で働いていたときも、職場の人間関係で苦労した。それぞれが良い人であっても、集団になるとなぜかイヤらしい人間になってしまう。そう思う

          思いがけず悪意

          金持ち編集者 貧乏編集者

           ぼくが編集者として働き始めたころ、まったく異なるタイプの先輩の編集者がいた。ひとりは金持ち編集者、もうひとりは貧乏編集者と呼ぼう。  ぼくは左派系の集まりやイベントによく顔を出していた。そこで出会ったのが貧乏編集者だ。いわゆる人文書にはリベラルや左派的な考えを持つ人が多い。しかし、そのなかでも一目置かれているぐらいの硬派な編集者だった。  分厚くて難しいゴリゴリな本をかっこいいデザインで出版した。内容も尖りすぎていて万人受けしなかったが、人文業界の評価は高い編集者だった。

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