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【猫や猫⑤】思い出の賞味期限が切れている

漫画家の松本零士先生が2月13日に亡くなられた。
写真は『トラジマのミーめ』初期の名作である。
(『男おいどん』も捨てがたいが)
私が猫を猫めと呼ぶのはこの漫画の影響である。

そして2023年2月22日は猫の日である。
昨年は2022年2月22日だからちょっとした騒ぎだった。

その日、私は配信で「猫にかまける男たち」を聞いていた。
春風亭百栄、立川志の春、江戸小猫の三人会である。
小猫先生の猫の鳴き真似を試してみたら、寝ていた猫めはきょろきょろしたものである。
だが一回だけだった。
何度も声真似する私をつまらなそうに眺めるとまた睡眠に戻ったのだった。

※江戸家小猫先生はこの3月下席より五代目江戸家猫八を襲名される。
寄席の襲名披露興行で猫を鳴いてくださるだろうか。今から楽しみである。

当時は猫めも年老いたが健康そのものだと思っていた。
今にして思えば病の兆しはあったのだ。
ブラシで顎の下を撫でられるのが大好きだったのに嫌がるようになっていた。
たまに無理にも顎の下をブラッシングすると「キャッ」と鳴くことさえ出て来た。
獣医に行くべきか迷ったが外見に異常はないのだ。
ワクチン注射の時にでも相談しようとなかなか腰が上がらなかった。
結局そこが病巣だったとわかるのは、猫の日の数か月後のことである。

それにつけても、思い出というやつは油断できない。
いつ襲って来るかわからないのだ。
つい先日パック寿司を買おうとして、と胸を突かれた。
もう猫めはいないんだから、お寿司なんか買ってもしょうがない……。
そう思った自分に驚いた。同時に何だか腹立たしかった。
だから意地でも寿司を買った。いつもより高価なパックだった。

ずっと座卓で食事をしていた。
正座して私が食べ始めると、猫めはいそいそやってきて傍らにちゃんこする。
いや前脚を揃えてきちんと座るのだ。
首を伸ばして食卓を覗き込まんばかりである。
私は猫めの前に新聞紙を広げる。
寿司ネタのワサビを取って千切って置く。
ネタのなくなったシャリは私が食べる。
そうやってふたりで寿司を食べるのが、そんなに楽しかったのか私は。

少なくとも猫めは楽しみにしていた。
新聞を床に広げて読んでいるだけで、期待に満ちたキラキラした目でこちらを見つめるのだ。
「何もないよ」と言っても諦めずにちゃんこしていた。
ああ、面倒臭い……と思っていたはずなのに。

【刺身食べ もうちょっとだけ生きようよ】

猫と共に寝ることは少なかった。
冬場のひどく寒い夜なら掛布団をめくって見せれば、中に入って来ることもあった。
だが温まるとすぐに出て行く。
無理にも抱いて布団の中に入れても、遠慮会釈なく飛び出して行った。

そもそも子猫の頃も一緒に寝ていなかった。
獣などと同じ布団で寝られるか!と思っていた。
私が育った時代、獣と共寝するのはムツゴロウさんぐらいだった。
実家の犬とて庭の犬小屋に寝ていた。
猫の「完全室内飼い」なんて言葉もなかった。
お魚くわえてサザエさんに追いかけられるのは野良猫だけではなく、飼い猫の場合もあった時代である。

だから私は寝室前に段ボール箱でバリケードを作った(ペット用ケージを買う気はなかった)。
だがある朝、目覚めると枕の横に子猫の姿があった。
段ボール箱のバリケードなど簡単に飛び越せる跳躍力に育っていた。
枕に頭をのせた私は濡れた鼻の頭を撫でたつもりで、尻の穴を撫でているのだった。

ちなみに猫めは「ぐーちゃん」と名づけた。
名づけという程でもない。

いずれ里子に出せば里親がきちんとした名前をつけると思っていたから、ペットクリニックのカルテに書くためにとりあえず仮名を付けたに過ぎない。

ぐるぐる喉を鳴らすから、ぐーちゃん。
仮名を一生使ってしまった。


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