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【猫や猫③】春うらら猫の肉球桜かな

うちの猫めは左耳の先が割れている。
一見「さくら猫」である。

※さくら猫とは地域猫活動家に捕獲されて去勢手術を受けて、耳の先端をV字型にカットされた野良猫のことである。耳の先が花びらのように見えるからそう呼ぶ。
by Google先生

ママペットクリニックに一泊入院させた子猫は、粘着質のベタベタ汚れもすっかり洗い落とされていた。
「きれいな子だねえ」
と獣医が言う通り、真っ白な地色で茶トラ模様も可愛い子猫だった。肉球は桜の花びら色である。けれど左耳の先端が割れていた。
捨てられて三日三晩さまよった時にベタベタ汚れを取ろうとして、自分の後肢で引っ掻いて切ってしまったらしい。
耳の先は皮膚が薄いので縫い合わせられないとのことだった。
みなしさくら猫?

そして子猫が下痢をしたのはヨーグルトのせいではなかった。コクシジウムと言う害虫がお腹の中にいたのだ。
虫下しの粉薬とそれを溶いて飲ませるためのシリンジをもらって帰った。おままごとの道具のような小さな小さなシリンジだった。

※コクシジウム類は消化管などの細胞内に寄生する原生生物の一群で、アピコンプレックス門に属する綱または亜綱。人間、家畜、家禽に対して重大な疾患を引き起こすものが多く含まれている。単にコクシジウムという時には、アイメリア科、特にアイメリア属の原虫を指すことが多い。
by Wikipedia先生

完全にお腹に虫がいなくなるまで、毎日子猫に投薬しては週一で徒歩二十分のクリニックに通った。
その頃には子猫はデパートのいちばん小さな手提げ紙袋には入らなくなっていた。実にもう呆れる早さで成長するのだった。キャリーバッグを購入してそれに入れて通院した。
私には永続的に猫を飼うつもりなどなかった。キャリーバッグは里親が見つかった時に渡せばいいと思っていた。

ポスターを作ってペットクリニックの掲示板に貼ってもらった。
市民報にも記事を書いて送った。
会社では誰彼なく猫を飼わないか訊いて回った。
だが里親希望者は現れないまま子猫はぐんぐん大きくなって行った。
いずれ里親に渡すと言い訳して次々と猫グッズを買った。猫用ブラシ、猫用爪切り、猫じゃらしなどのおもちゃ類、しまいにはキャットタワーを買って組み立てているのだった。
ゴミ箱を荒らされないために、蓋付ゴミ箱を購入した。
バッグ入れの籐籠は子猫の寝床になった。
いらない皿は猫の皿にする。
猫トイレを置き、猫の餌場を作り、部屋が次第に猫仕様になって行く。
里親はいつまでも現れなかった。

【猫の目が心の隙間細く見て】

ところで拾った子猫は一泊入院などさせる必要はなかった。
翌日曜日に観劇の予定があったからに過ぎない。

AMATERASU~アマテラス~

玉三郎と鼓童の共演を見に行ったのだ。
薄汚れた捨て猫の面倒など見られないと入院させたのだった。そこまで玉三郎丈に操を立てる必要もなかったが。
(赤の他人です。推しでもないです。ちょっと見たかっただけです。すいません)

今にして思えば子猫を拾うに頃合いだったのだろう。
住みたかった街に引っ越して、好みのアパートに住み始めた。
仕事が続かずひきこもりがちだった私だが、新しい仕事に就いて数年たっていた。
通勤バッグは部屋の隅に置いた籐編みの籠に入れていた。ショッピングモールで見るなり一目惚れして買って帰ったものである。それが猫の寝床と化すとは思わなかった。
部屋を整え仕事に慣れた後は、一人旅を覚えた。
そして登山の楽しさに目覚め山旅ツアーに参加した。ゴローの登山靴(幅広甲高の足の人が注文する靴である)なども作ってソロ登山も始めた。
そろそろ海外旅行にも行ってみたいと思い始めた頃だった。

落語にはまだ出会っていなかったが、映画演劇なども見に行くようになっていた。アマテラス観劇もその一環である。
ともあれ。
もう少し前なら私は駐車場に捨て猫を見つけても拾いはしなかったろう。
そのまま通り過ぎたに違いない。
そして数日後、冷たくなった姿を見つけてため息をついただけだったろう。

【猫出かけレモン形した月が出る】

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