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World is not enough

“オオタニがトラウトをフルカウントで三振させて決勝戦を終わらせた?
おいおい、そんな脚本を書くなら、もっと信ぴょう性のあるものにしてくれ“

ニューヨークタイムズが書いてくれた日本の勝利を祝う記事への、SNSの反応の中にあったコメントの一つだ。

WBC決勝、マイアミ。
久々の野球観戦はPCの画面から。

最終回。
9回アメリカの最後の攻撃。
日本3‐アメリカ2。
1点差。

2アウトから打席に立ったのは、3回の自身の打席で2球目、ファウルチップとなった打球が胸に当たり、痛そうにかがむ日本の捕手・中村の肩に、バッターボックスから手を置いて何やら声をかけるという、いつもながらの“気遣い”をみせた、心優しき“キャプテン・アメリカ”、マイク・トラウト。

対する投手は、今や世界中の野球ファンから、と言っても過言ではないであろう、愛される男、“ショータイム”オオタニサン。

エンゼルスのチームメイト同士。
MLBの顔とも言える両者。

フルカウントからの6球目、大きく右に曲がるスライダーは何キロ出ていたのか?
空振りしたトラウトが足早に去る姿とグラブを放り投げ、キャップも投げ捨てて雄たけびを上げるオオタニサンの姿、それを映す揺れる画面にスピードを表す数値は表示されなかった。

これで3回目の優勝となった日本は、今回、予選から無敗でのWBC制覇。
その決勝戦のこの試合、鍵は、6、7、8回裏、日本の攻撃にあったと思う。

6、7、8回裏、いずれも得点は“0”だ。

だが“三者凡退”で次のアメリカの攻撃回に渡さなかった事で、試合の流れをアメリカに引き寄せさせなかったというのが一番の勝因だったのではないか、と私には思えた。

えてして“三者凡退”で終わった直後、攻撃側がチャンスを作って流れを引き寄せる、というパターンが、昔から観戦してきた中でかなり多いと感じるからだが。

6回裏と8回裏、いずれも5番村上、6番岡本というホームランバッター二人が続けて倒れ、2アウトランナー無しの場面で登場したのはヤクルトの山田哲人選手だった。
2回とも粘りに粘ったあげくの四球。

その直後、1回目は次のバッターの初球に、2回目は2球目に、2盗をやってのけた。

2回目など、ワンバウンドと難しい球だったが速球を捕球後、すぐさま2塁送球と抜群のタイミングで捕殺にかかったアメリカの捕手、J.T.リアルミュートが、2塁ベース上に立ち上がった山田選手を唖然とした顔で視た後、“これでも刺せないのかよ!”と言わんばかりにしゃがみこんでいた。

2回ともスタートのタイミングが抜群だった。

“三者凡退で終わらせて、さぁ!俺たちのターンだ!”という気分だったかどうかはわからないが、アメリカにしてみれば一気に追加点を取られるかも知れないという焦りで浮足立った気持ちになったのではないか?という想像は、そう外れてもいないと思う。

そんな風に焦りから一度浮足立ってしまった気持ちが、元の“さぁ!”という勢いを取り戻すのは不可能に近い。
そしてそのまま、自分たちの攻撃に入る事になる。

勢いに乗ったまま攻撃に入るのと、勢いを取り戻す為の攻撃に入るのとでは違いが出てくると思うし、少なくとも攻撃に入ってすぐに長打でも出なければ、“流れを引き寄せる”までにワンテンポ、ヒットが出ない状況が続けばツーテンポ置く事となり、アメリカが引き寄せられるはずだった“流れ”は逆に遠のいていったのではなかろうか?

そのアメリカの“流れ”を7回裏の攻撃で停滞させたのは、オオタニサンである。

7回裏、ワンアウト後に打席に立ったオオタニサンの痛烈なゴロは、2塁ベース向かってやや右、1、2塁間抜けていても不思議はない当たりをアメリカ、ショートのトレイ・ターナーがジャンプして這いつくばるように飛びつきグラブに納めるとすぐさま一塁送球、しかしオオタニサンの全力疾走がわずかに上回った。

アメリカのチャレンジでビデオを見直してみても、ファーストのミットにボールが収まるのとオオタニサンの左足底がベースに着くのとほぼ同時。
実況アナが『福留さん、どっちでしょう?』とチャレンジのスローモーション映像を見ながら問いかけると解説の福留さん、間髪を入れず。
『わかりません!』。

結果、審判の判定は“セーフ”。

6、8回裏の山田選手の時と同様、7回裏のこれも結局得点には繋がらなかったが、この3回でし続けた日本のトライが、アメリカに流れを引き寄せさせなかった、それが最終回、2アウトからのトラウトとオオタニサンの対決に結実した、と私には見えた。

そしてこの試合、最も印象に残っているのは、8回裏、日本の攻撃の時、チラと映った日本ベンチにいるダルビッシュ投手の姿である。

その前の回、3‐1、日本リードで迎えた8回表、ダルビッシュ投手はリリーフとしてマウンドに立った。
そしてワンアウトを取った後、2人目の打者5番カイル・シュワバーにライト・スタンド中段に運ばれ、スコアを3‐2とされている。

その時の配球は次のようなものだった。
ちなみにシュワバーは左打者である。

1球目、137㎞の外角スライダー、縦に変化して見逃しワンストライク。

2球目。
捕手・中村のサインに1度首を振った後、151㎞ストレートが外角に大きく外れる。
これで1ストライク・1ボール。

3球目。
中村はミットを内角にかまえていたが、138㎞のカットボールが外角に外れる。
カウント1‐2。

4球目。
137㎞のカットボールが今度は中村のかまえた所、内角高めにいき、シュワバーがバットを振ると球の下側をとらえたファウルボールはネット裏へ。
『ツー・エンド・ツー!さあ追い込んだ!』と実況の声に力が入る。
シュワバーが首を少し右にひねる。

5球目。
150㎞の内角ストレートは見逃せばボールだったと思われるが大きく外れてはいないのをシュワバーが巻き込むように打ち返し、ファールとなる打球がライトスタンド上段へ。シュワバーが“違う違う、そうじゃない”というように首を左右に振る。
だが目が生きてる感じに見える。シュワバーの目が力がこもった目線になっている。
(と結果を知りながら後で見返すからそう思えるだけなのだろうが)

ダルビッシュの方に変化はない。
感情を表に出さず、終始淡々としている。

6球目。
133㎞のカットボールが真ん中低めへ。シュワバーが芯に近い所で捕らえたか、勢いの良いゴロがライト線を割って、3球目のファウルボール。
シュワバーが首をほんの少し傾け、両目を左斜め上にやって(ん?)というような表情を見せた後、バッターボックスで地面をバットで軽く叩いてから顔を上げた時、静かな、落ち着いた目をしていた。

7球目。
142㎞のスプリットが内角低めへ、シュワバー、ライナー気味に一塁線へファウル。

8球目。
ダルビッシュが中村のサインに2度首を振って投げたのは、内角高めややボール気味の152㎞ストレート。これをシュワバーはライトスタンド前段へライナーでファウル。
シュワバーはもう首を振りもしなければ、ひねりもしない。
落ち着いた目線のまま淡々とバッターボックスで地面をバットで軽く叩く。

9球目。
内角やや真ん中よりに118㎞のカーブ。
シュワバーの打球は1塁側スタンドへのファール。
『ダルビッシュとしては、サトザキさんこれ、空振りをとりにきてるのか、打ち取ればいいと思っているのか?』
『まあでもここは打ち取ればいいと思ってんじゃないすかね、だから今のをやっぱりしっかり打とうとするとファールになっちゃう所に投げてるとは思うんすよね、あれをフェアグランドに入れようとすると逆に詰まっちゃうっていうね』

10球目。
スローで見るとダルビッシュの手のボールは人差し指と中指の間に挟まれていた。
146㎞、それほど回転していないであろうと思われる球が真ん中低めへ。
シュワバーは打ち損じてはくれなかった。

ライトスタンド中段。
スコアは3‐2へ。

その後6番のトレイ・ターナーに泳ぎながらもセンター前へとヒットを打たれたダルビッシュだが、後続を抑え、失点はシュワバーの本塁打の1点だけに留めた。

その裏。
8回裏、日本の攻撃の際、カメラがチラと日本側ベンチのダルビッシュ投手を映した。

36歳。
恐らくWBCの舞台は今回が最後となるであろう、そして現役生活もそう長くはないと思われるダルビッシュは、今回WBC日本代表の宮崎合宿に、メジャーリーガーとして唯一人参加したという。

2009年の第2回WBC決勝で、勝利投手となっている。
今回2023年のWBCでダルビッシュを、優勝の陰の立役者だ、と称える記事を見かけた。

若手に積極的に声をかけ、時には投球の技術的指導を行ったり、メジャー選手とのコミュニケーションが図りやすいよう橋渡し役をしたり、前半不振だった村上を励まし続けたりしていたそうだ。

8回裏の日本ベンチのダルビッシュ投手を中央アップで映した画面、彼は下を向いていた。
その表情はキャップのツバに隠れていて見えない。

うつむいているのではなかった。

ベンチに座り、膝の上に置いたタブレットを一心不乱に操作している。

“実はツムツムやってました”というなら、それはそれで笑えるのだが、恐らくそうではないだろう。

分析しているのは、シュワバーの打席の配球データだろうか?
それとも次のバッターのトレイ・ターナーへの配球だろうか?
または彼ら自身のデータを改めて見直していたのだろうか?

試みにシュワバーの打席を、先述のように文字起こししてみたが、ダルビッシュは一心不乱に何を追っていたのか?

わからなかった。(当たり前っちゃ当たり前だが)

攻撃する日本の打撃陣にゲキを飛ばす他の選手達の中には立ち上がっている人が多い。
そんな中、一人ベンチに座って下を向き、黙々とタブレット上で忙しく指を動かすダルビッシュ。

はしゃぎ過ぎて時にややうっとおしく感じる今回の実況席、アナがダルビッシュ投手をこう呼んでいた。

“ベースボールの伝道師”

これは言い得て妙だと思う。

5回だったか6回だったか、ショルダーバッグを右肩にブルペンに向かうダルビッシュ投手の後ろ姿が、8回裏ベンチでタブレットを操作する姿とともに脳裏に焼き付いている。

DARVISH 11

“World is not enough”は1999年のジェームス・ボンド第19作目。
(世界を手に入れてもまだ足りない)とは、ボンド家の家訓だそうである。

ブルペンに向かうダルビッシュの背中を思い出した時、この言葉が浮かんできた。

WBC日本代表の選手の皆さん、ありがとう。

すぐにシーズンが始まるけど、無理しないでね。
(しないわけにいかないだろうけど)

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