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水泳カウンセリングの日

 自閉スペクトラム症で、知的障害のある長女は、ひとつきに二回、水泳カウンセリングに行きます。
先生は横浜から、オートバイでやって来ます。
水泳を楽しみながら、コミュニケーションをとっていくという方法で、一時間弱、一緒にプールで過ごしてくださいます。もちろん、ひとりひとりに合わせた方法で、その時々の体や心の変化を捉えながらです。
 水泳カウンセリングの対象は、知的障害、自閉症、精神障害などの子ども、大人、さまざまな人たちです。その人の住んでいる地域まで、東京、埼玉、神奈川など、雨でも風でも、オートバイでやって来ます。
 言葉の出ない子どもから大人まで、小さい体の子、大きな体の子、じっとしていない子、動かないで固まっている子など、色々な特性のある人たちばかりを相手に、先生は八面六臂の大活躍です。

 母親である私など、先生の対応を見て学ぶことが多いです。子どもたちが不安にならないように、焦らせないように、ゆっくりと納得できるよう「待つ」ことがとても上手で、さすが!とうなってしまいます。
私も、常々「待つ」ことを心がけているのですが、これがなかなか難しく、つい、「早くして」などと言ってしまうことがあります。今朝も言ってしまいました。
 なぜかというと、朝起きたら、雨が降っていたのです。長女にはプールに行くときは、最寄り駅まで自転車で行き、駅から電車に乗っていくという「こだわり」があります。案の定、長女は「雨降り」を認めません。
さあ出かけるという時になっても、「大きい傘はささない。」と言い張り続けます。しかたなく持たせた折りたたみ傘もさそうとはしません。手に握りしめたままです。
雨はどんどんひどくなってきてきました。それでも、傘はささず濡れたままで歩いています。駅までの道のりの半分くらい行ったところで、このままではずぶ濡れになってしまうと思い、私は言いました。
「風邪ひいても、明日はお休みしないでね。」
その一言が効いたのか、やっと折りたたみ傘を開きました。時間はかかりましたが、何とか最寄り駅にたどり着きました。ここから電車を3回乗り換えなければなりません。乗り換える駅ごとに長女はトイレに行きます。
「出かけるという行動」は長女に相当な緊張をもたらすのでしょう。
字も読めず、時間の理解もできない長女が、町を歩き、電車を乗り継ぎ、目的地に行くことは、私がアラビア語しか書かれていない街を歩くよりずっとずっと困難なことなのだろうと思います。

 目的のプールについたのは、もう時間ギリギリでした。
私はつい、「傘はお母さんがたたむから、支度していいよ。」と言ってしまいました。その言葉は、長女のプライドを相当傷つけてしまったようです。
「ひとりで、たたむのも、べんきょうです。ひとりで、たたむのも、べんきょうです。シーツもひとりでたたみます。」と大きな声で言いながら、びしょ濡れの折りたたみ傘をたたみ始めました。長女の大きな声に、びっくりして振り返る人や、にっこり微笑みかける人や、「教えてくれてるのね。」と意味のよくわからない言葉をかけていく人たち大勢が見ている中で、ゆっくり、傘をたたんでいます。私は内心焦りますが、先生は
「ゆっくりやらせてあげなさい。待っているから。」と笑顔です。
 大きな声を出し始めると、パニックに移ってしまうことがあるので、少し不安になりましたが、先生と穏やかにプールに入って行ったので、ひと安心。

 私は、二階のギャラリーから、泳ぐ様子を見ます。上手に泳げると、その都度、先生は、拍手して、ハイタッチ。長女の表情もニコニコしています。
水泳カウンセリングを始めて、もう、二十年。初めのころは体力もあり、25メートル泳ぎ切っていた長女も、最近は、途中で何回も立ちどまり、ゆっくりゆっくり進んでいきます。その様子を見ていると長女も年を取ってきたなあと思います。障害がある人は生活年齢より十年老けるのが早いとか、十九年早く年を取るとかいろいろな説を聞きますが、そうすると、うちはもう老障介護というより、老老介護に近いのかな。いろいろ、考えなくては、などと、少し心配になりました。

 一日中緊張しているせいか、長女の体はコチコチに凝っています。そんな体も、プールに入ると、水圧がマッサージ機能をしてくれるせいか、先生の温かい雰囲気に癒されるせいか、柔らかくなります。そして、緊張して張り詰めてこわばっていた表情も、プールから上がってくると、柔らかく、なんともいい表情になります。
今日も、朝のこだわりや、大きな声もどこへやら。ニコニコしてプールから戻ってきました。

めでたし、めでたし。今日のミッション終了。

来月も、来年も、先生と一緒に泳げたらいいね。
母も元気で、一緒に電車に乗って通えたらいいね。
そして月謝が払い続けられるといいね。
あなたにとって、楽しいとか、心地よいとか、居心地の良い場所と時間が、いつまでも、たくさん、続いてくれたらいいね。



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