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【ショート】兄のメンツと空飛ぶ高田


 私の家にはオセロゲームが無かった。


 あの頃、どこの家に行っても必ずオセロがあったのに、なぜか家にはオセロが無かった。ずっと不思議だったけれど、自分から強請った覚えも無いので、誰かにその理由を聞くコトも無く生きてきた。

 兄から、私がプレゼントした昔の野球ゲームの名前について質問のメールが届いて、もちろんそんなコトは覚えてなかったけれど、その流れから懐かしい話のメールをやりとりした中で、ふとオセロのコトを思い出したので聞いてみた。


「家にはなんでオセロはなかったの?」

「俺が野球盤と取りかえてきたから。」


 なに、その理由?と思って聞いた、兄の話が次のとおりだ。


「当時のゲームの王様、それはやはりエポック社の野球盤だった。当時のクリスマス前には数多くの男の子が『家に野球盤が来ますように』と願っていたハズだ。もちろん当時の俺もそのひとり。

 そして、ついに来たいつかのクリスマス。朝あったのは俺が願っていた当時最強の『野球盤AM型』……ではなく、当時、これも爆発的にヒットしていたツクダオリジナルの『オセロ』だった。

 それはもう号泣だよ。もうサンタの存在なんか無視、まあ、婆さんが買ってくれたらしいけど。よく子供は残酷などと言われるけど、まさに親にとってはそうだろう『こんなものいらない、ふざけるな』とかいいながら半日以上泣きまくりだったのだから。基本、泣き虫だった俺だけど、あれほど泣き喚いたコトは無かったハズだ。

 それにはワケがあった。少し前に従姉の家で買った『オセロ』。俺はふたつ上の従姉に負けまくるだけではなく、妹のオマエにも連敗していたからだ。まあ、天邪鬼な俺がカドを取るというフツーの戦いをしなかったからだけなんだけど(笑)

 なんにしろ、妹に負け続けるゲームが家にあったらそれは困る。俺にも兄のメンツというものがある。なにより『オセロ』は既に俺の嫌いなゲームになってしまっていた。今考えると勿体ないが。

 結局、夕方まで泣き喚いた俺と、俺に呆れた母親は、購入した近所のおもちゃ屋に行って、開封前だったオセロを交換したのだ、夢だった野球盤に。『野球盤AM型』ではなく廉価版の『野球盤CM型』だったけれど。それでも嬉しかったなぁ。」


 なに、その理由!


 家に野球盤があったコトは覚えている。でも確か、兄の友達のS君が『野球盤AM型(連続投球機能付き)』とかいうのを買ってからは、彼の家が野球盤の会場になって、兄は毎日夕方まで帰ってこなかったハズだ。

 そういえば、あまり使わなくなった野球盤で兄がヘンな遊び方をしていたような気がする。


「あれは何をしていたのだっけ?」


 兄の答えは次のとおりだ。


「すっかり出番が無くなったけれど、しかし、せっかく手に入れた野球盤だ。ひとりで遊ぶ方法を色々と考え、思いついたのがティバッティング方式。ボールを置いて打てば、当時流行っていた『ポケットメイト01 野球ゲーム』と同じようにひとりで遊べるハズと。

 しかし、パチンコ玉みたいな野球盤のボールは置いてもすぐに転がってしまい、なかなか上手く打てない……それならば方法はひとつ!

 野球盤の塁上に刺す、ランナーの人形をボールの代わりに打つコトにしたのだ。ただ並べたり、野球盤の傑作機能である消える魔球装置に挟んだりして、バネ仕掛けの鉄バットで打っていた(笑)

 『野球盤AM型』と違い、廉価版の『野球盤CM型』のランナーの人形はペラペラの人形でよく飛んだのさ。ランナーの人形は3つあり、背番号8番にした人形がいて、これを当時2番目に好きだった巨人軍の背番号8番、高田繁選手から『高田』と呼んでいた。

 3つのランナー人形の中でも、なぜか高田はよく飛んだ。スタンドインするコトもあり、それからは『野球盤CM型』は『高田を鉄バットで飛ばす機械』となったのさ。高田のおかげで俺の巨人軍は連戦連勝勝ちまくった。高田は王さんを超える存在となってしまった(笑)」


 なんで王さんにはさん付けで、高田選手は呼び捨てなのかわからないけれど、巨人軍の帽子に本物かニセ物かわからない756号記念バッジつけて喜んでいた、王さんファンの兄だからなのだろう。

 それにしても高田選手が可哀そうだ。何度、鉄のバットで打ちこまれたのだろう。


 ……可哀想といえば、そのクリスマス、私は何を貰っていたのだろうか?

 お婆ちゃんが買ってくれたというなら、もしかしたらそのオセロは私の為でもあったのではないだろうか?

 だから誰もオセロが無かった理由を今まで教えてくれなかったのではないだろうか?


 なんだかとても腹が立ってきたから、今度会ったら兄に服の一枚でも買ってもらおうか。そういえばプレゼントした野球ゲームのお返しも貰った記憶が無い気がする。


 記憶がないというコトは便利なコトかもしれない。


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