読書記録:クセつよ異種族で行列ができる結婚相談所 ~看板ネコ娘はカワイイだけじゃ務まらない~ (電撃文庫) 著 五月雨きょうすけ
【異なるからこそ、惹かれ合う物があって、新しい世界を創れる】
永きにわたる種族間戦争の終結後に十七の種族が平等に暮らせる実験都市にて猫人族の少女が結婚相談所で依頼者の悩みを解決して行く物語。
世界が百人くらいの村ならば簡単に治める事が出来る。
十七の種族が一つの街に集う事で、問題が凝縮されて解決の糸口となる。
そんな様々な人種の坩堝の街で、平和な時代になったが故に、人々は出逢いを求める。
その出逢いを斡旋する仕事に就いたアーニャは癖の強い依頼を解決して行く。
人種や性別、年齢、障害の有無などによるマイノリティは、一般市民の差別と偏見から生まれる。
善良を騙る市民は、自分達から見て異質な物、変わっている物を排斥したがる。
その一方的な無理解と正義感こそが、戦争へと発展していく。
そんな異種族間の融和に導くのは恋愛である。
そして、その恋愛へと至るには対話と共存が必要である。
相手に興味を持って、もっと深く知ろうとすれば、そこに自分の価値観やバイアスが邪魔である事に気付き、相手への理解と尊敬に繋がっていく。
多様性こそを認める事こそが、新たな時代を生きる上で必要な担い手なのだ。
そもそも、人と人が結婚する事とは、どう意味を含むのか?
そもそも、違う価値観を持っている他人同士が、お互いを許容して、受け入れる事。
それが一般的模範回答なのかもしれない。
夫婦になるというのは、それらも大切ではある。
ではそれがもし、種族からして自分とは違う相手だとしたら。
その差異を許容する、というのは自らの根源たるアイディンティティが揺るがしかねず、かなり苦労が伴うだろう。
人類創世期に始まったと記される、十七の種族が争う戦争が、人族の王が魔族の王を討ち果たした事で。
人族の王により十七の種族が平等かつ平和に暮らす為の実験都市が創立して役十年。
ミイスと名付けられたその実験都市は、今では世界最先端の都市となって、十万人を超える人口を誇る一大都市となっていた。
その都市で一番と噂される、異種族を結ぶ結婚相談所「マリーハウス」。
かのエルフとドワーフを結びつけた働きぶりを垣間見て、幸せを分かち合えるような職につきたい。
猫人族の田舎から出てきた少女、アーニャはそんな大志を抱いて、就職活動の果てに、そこに辿り着くも。
共同経営者の一人である指導者のショウに、面接で世間知らずな一面を見せて、振り回した挙げ句、経営者である謎多き美人局長のドナに落とされる。
なかば自暴自棄になって、無許可で相談者をマリーハウスに紹介して送り込んでいたら、それが功を奏して、結果的に見習いとして雇われる。
何もかも未経験な業務に励む中で、厄介事を抱えた様々な異種族間の恋に向き合う事となる。
アーニャの初恋によって巻き込まれた、Sランク冒険者のビリー。
グレイスと呼ばれる神からの恩寵の中でも、一際厄介な物を抱え続けた彼が、本当に探し求めていた想い。
高飛車で傲慢ながらも、根は優しい人であるエルフのメーヴェ。
純情な想いを拗らせすぎた彼女の、どう考えても、相手に求める理想が高すぎる問題。
芸能王のハルマン、彼が出資しているカルテットと呼ばれる音楽グループの中で。
秘かに溢れていた意外な方向性に進む恋路。
そんな多種多様な恋路を、臨機応変に支えていく事。
もちろんアーニャ、一人に出来る事は、そこまで多くはない。
時には、指導係であるショウにこっそり手を貸されたり。
また、友人となったメーヴェの力も借りたりして。
周りの力を土台にして、異種族の恋のいろはを学んできた。
だが学ぶべきは、この都市で芽生える恋ばかりではない。
十年経っても消えない傷跡、戦争が遺した負の遺産とも向き合わなくてはならない。
種族間の暗い背景は、目を覆いたくなる程に凄惨な物で。
そんな過去の遺恨を抱えた者による、現在の「マリーハウス」の在り方を否定する暴動が起きて、アーニャもそこに巻き込まれてしまう。
その苦境の打開策の一端となる、未熟なアーニャが抱えるコンプレックス。
今の自分を愛する事が出来ない事。
今の仕事は可愛いだけでは務まらない事。
ビリーの一件で意図せず、開放してしまった忌むべき物。
けれど、そんな物を見せても、この街は懐が深くて、受け入れてくれた。
曲者ばかりで、変わり者ばかりの皆だけど、こんな自分を愛してくれた。
それこそがアーニャの背中を押して、原動力となる。
この街に来た目的を胸に、その力を正しい形で解放させる。
そうやって、他人の幸せを心から願えるのは、アーニャの才能でもあり、武器でもある。
種族間の壁を越えて、縁を結ぶ者達をサポートするアーニャの奮闘っぷりは見ていて応援したくなる気持ち良さがある。
恋愛経験も仕事の経験も乏しいアーニャが、種族の違いという人間の多様性よりも、はるかに難解な壁が存在する世界で成長していく。
現代の世相でも、「違いを受け入れよう、多様性を大切に」と声を高らかに上げられているが。
声を上げるだけで、実際は行動が伴っていない。
それ以上に、種の壁を越えるという事の難しさもある。
種族が違えば見える景色が全く異なり、互いの考えを理解する事が、どれだけ労力と時間を要する事なのか痛感させられる。
しかし、彼らが在籍するのは、結婚『相談所』であって、必ずしも結婚がゴールであるのではなく、長い人生の通過点に過ぎない。
そんな二人で幸せを見つけて行こうとする相談者の心の橋渡しになる為に働きかける。
平和で自由な恋愛を追い求める事が出来る人種のサラダボウルのような世界。
自由が故に、終わりが見えて、衰退していく未来が佇む中で、新世界に憧れときらめきを抱いたアーニャ。
愛で繋がった結婚の橋渡しをするドナ。
それを支えるショウ。
それぞれの想いが重なり合った結婚相談所を中心に真の平和と幸せとは何かを模索する。
戦後の変化に上手く適応出来ず、時代に取り残された様々な人々の思いも描かれる。
大人達に見守られて、悲喜こもごもな経験を積んで成長するアーニャが、困難な状況に一生懸命、立ち向かっていく。
時には理不尽な状況に追い込まれても、簡単に諦めないで、自身の軸を守ろうとする姿。
それは、彼女だけではない。
事態の裏で決着をつけるのは、ショウとドナ、そしてハルマン。
かつての時代を熟知して、自分達も秘密を抱える大人達が、新世代の道を切り拓く為に躍動する。
そんな信念を抱いて、センシティブな課題に向き合い続けた終わりに、気付けた物。
「人間も何もかも、二人でいて初めて在るべき姿になれる」
「相手が違う意見を唱えても、それは自分を否定する事ではない」
同じ人類だって一から十まで理解し合うことは出来ない。
そもそも、何もかも理解し合う必要はない。
その違いがあっても心は同じであり、違いのある心を受け入れて、一つの物事を様々な角度で考える事は出来る。
それが、相手に寄り添うという事、分かり合うという事。
新世代の平和を齎すように奮闘する中で、この街で生きていく為の目的と目標。
理解し合った仲間達と新たな門出を、暖かい眼差しで見つめる中で。
鬼人族の青年、グエンと駿馬族の花嫁の結婚式の司会を務めるアーニャは高らかに、そう宣言した先で。
その覚悟を携えて、次はどんな結婚と向き合うのか?
あらゆる種族の違いを越えた結婚を後押し出来るのか?
それぞれの思惑と関係なく、あるがままに進んでいくこの街は、どんな風に変わっていくのか?
新しい世界を創る中で、結婚という幸せの形を、仲間達と共に守り抜くのだ。
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