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読書記録:レプリカだって、恋をする。 (電撃文庫) 著 榛名丼

【全ては借り物で空っぽだった筈の私の心を埋める恋】


【あらすじ】

具合が悪い日、面倒な日直の仕事がある日、定期テストの日。
彼女が学校に行くのが億劫な時に、私が身代わりになる。

愛川素直という少女の分身体、便利な身代わり、それが私、ナオ。
姿形はまったく同じでも、考え方や嗜好はまるで違う。

自由に出歩く事は出来ない、先の予定も計画出来ない。
常に、オリジナルの為に働くのがレプリカの使命。

その筈だったのに、ある時、恋をしてしまったんだ。

好きになった真田に振り向いて欲しくて、髪型をハーフアップにした。

学校をサボって、二人きりの遠足に繰り出した。
そして、明日も、明後日も、ずっと会う事を誓いあった。

この名前も、体も、全部、素直の借り物で。
空っぽだった筈の私だけど、この感情は、私だけの物。

海沿いの街で巻き起こる、純粋で不思議な青春の一ページが開かれる。

あらすじ要約
レプリカであるナオとオリジナルである素直


16歳の素直の分身体として産まれた模造品のナオが初恋で、空虚な器が満たされる物語。


自分が二人いれば、面倒な事も楽に乗り越えられると夢想した事があるだろうか?
行きたくもない所へ、行かざるを得ない時、自分の代わりに行ってくれる存在がいれば、頼りきりになってしまうだろう。
もう一人の己を便利な身代わりとして使えたなら。しかし、もう一人の自分にだって、自我があるし、恋もする。
砂上の楼閣のように波に浚われたら、跡形も無く消える記憶。
それでも、素直の為に何かしたいと願うナオが、秋也との秘密の交流で初めて手にした恋心。
模造品の空っぽな自分でも。
レプリカだって、恋をしてみたい。
自分は偽物でも、この心に芽生えた気持ちは本物であると信じて。
身代わりだとしても、この想いは止められない。

静岡のとある海沿いの街。
そこに住まう少女の素直。
彼女が幼き日、親友との喧嘩をきっかけに生み出した存在、それこそが「レプリカ」。
ナオと呼ばれる彼女は、自分自身では何も持っていない。
ただ、本体である素直の都合が悪い場面に、何処とも知れない空間から呼び出されて、便利に使われる存在である。

記憶を共有しないが故に、断絶した記憶しか持ち得ないナオ。
そんな日々が続く中で、出会ったのは今まで交流もなかったけれど、属する文芸部に急に入部してきた同級生、真田秋也。
彼との交流を素直に咎められ、突き放そうとするが、ナオ自身と話がしたいという秋也の言葉に、心が熱くなって。
気が付けばナオは、自分だけの髪型を選んで、彼にとっての見分けがつけるようにした。

自分が行けなかった遠足。
その代わりに、秋也と共に学校をサボって、向かった初めての動物園。
何も持たない自分に初めて出来た、宝物のような経験。
だがそれを、素直が認める訳もなく。
罰として、ナオの夏休みは無くなる中で、久しぶりの再会の果てに、秋也が隠していた秘密が明らかとなる。
秋也自身も、アキというドッペルゲンガーと同居していたのだ。

夏の名残を惜しむように向かった穴場の祭り。
そこで明かされたのは、かつて所属していた部活を追い出された秋也の、心に煮え滾る感情。
だが、その裏に隠されていた優しさをナオは見破る。
彼女に背を押される形で秋也は、過去の因縁に勇気を出して立ち向かっていく。

その勇姿に、背中を押されるように、ナオもまた、素直と向き合う。

恣意的にオリジナルに使われる中で、初めて自分の中に生まれたわがままな欲求。
オリジナルが存在しなければ、存在する事も許されない儚い模造品だとしても。
自分の中で見出した喜びは否定したくない。
そんな切実な想いを抱えながらも、立ちふさがる壁は思ったよりもずっと、険しく厄介で。
オリジナルの苦しみも良く理解出来るからこそ、その幸せに貢献したいし、自分の力で知り得た物を譲りたくない。

その矛盾した感情が胸中で渦巻く。
自分は自由に恋をする権利さえ与えられないのか?
本物が存在する中で、レプリカの意味や未来はあるのか?
生きていく以上、この哀しさはずっと付きまとう。
その哀しみからくる八つ当たりを、絶対的主従関係にある素直にぶつけてしまう。
幼少期は、まるで姉妹のような関係を築いていたひ筈なのに。
いつの間にか、冷たくあしらわれて、面倒ごとを押し付けられる存在に成り果てる。
思春期に突入して、自我が芽生える中で、すれ違っていく。

レプリカの嫉妬、オリジナルへの憧れ。
代用品としての役割と、守るべきアイディンティティとの間で、板挟みになる。
多様に混ざりあった、言いようもない複雑な感情。
偽物の自分だって、自分自身として生きてみたいと希うナオ。
身代わりとして生きてきたナオが、初めて自分の為に生きていきたいと思い始める。
レプリカだって、確固たる個が存在するし、その個性を周りに尊重して欲しい。
しかし、その主張とは裏腹に、レプリカであるナオを生み出した素直にも悩みがあった事を知る。
自分の事を分かってもらう為には、相手の事も理解しなければならない事を痛感する。

そうやって、冷たい無理解の境界線を、踏み越えて、ようやく理解しあえた素直とナオ。
今まで何も、分かろうとしなかった彼女と向き合って、相互理解という名の手を伸ばして。
だが、因縁に決着をつけた秋也の告白と、彼を襲ったアクシデントを肩代わりした事で。
ナオは自分が異質な存在であるという事をまざまざと思い知らされる。

信じたかった、そう思いたかった。
けれど思い知らされる、自分は人間ではないと。
人の姿をした偽物であるという事。
それを理解するのは、あまりにも辛くて、痛かった。
けれど、何度でも再生する。
死という概念を持ち得ない自分は何者なのか?
 
自分が何者なのか、それを決めるのは誰なのか?
それこそは、ナオを求める者。
素直ではなく彼女を求める者。
全ては借り物で、何も持っていないと思っていた彼女が持っていた自分だけの宝物。
海に消えようとしていた彼女はアキによって助けられて、終わる事を諦める事が出来た。

自分は人間ではない、言うなれば虚像。
だがナオに、恋をする権利がない訳ではない。
レプリカだって、恋をする。
心を持って、自分として生きていくのならば。
それはまさに「一人」と言える筈だから。

そして、恋をする事。
その宝物を共有していい関係な筈だから。
始まったばかりの二人の青春と恋路。
それは、いずれ羽ばたく日を待っている。
そこへ、辿り着くまでに互いを尊敬しあえる間柄になれるのか?

生まれ出た恋心を大切にしまって、嘘偽りのない本物と自分自身と歩んでいくのだ。



















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