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読書記録:勇者症候群 (電撃文庫) 著 彩月レイ

【世界は勇者によって滅ぼされる、その災厄から救ってみせよ】


【あらすじ】

世界に仇なす《勇者》を殲滅せよ。

勇者、それは世界の救世主。
夢の中で「勇者」と称えられた少年少女は、ただ美しき女神の命ぜられるがままに、魔物を倒していた。

その魔物が実は人間である事だとも知らず。

そこに悪意はなく、敵意もない。
ただ、一方的な正義のみが押し寄せる終わりなき戦い。
その均衡は少年・アズマが率いる勇者殲滅の精鋭部隊『カローン』によって維持された。

《勇者》を人に還す研究をしていた少女・カグヤは、ある日『カローン』への所属を命じられる。
だが、過去の災厄で全てを失ったアズマたちにとって、カグヤの存在は受け入れ難い物であった。

少年は《勇者》を倒す為。
少女は《勇者》を救う為。

それぞれ異なった意志を携えながら、二人は衝突しながら、共に戦場へと赴く。

あらすじ要約
登場人物紹介


女神に寄生された少年少女を救う少年達の物語。


〈勇者〉とは世界を救う英雄として描かれるのがオーソドックスだ。
〈勇者〉と言えば人々を救うヒーローを普通は想像するのではないだろうか?
今作ではその逆に、〈勇者〉は人々を襲う化け物となる。
この作品では、女神に寄生された少年少女が、無意識に夢の世界に眠る中で。
怪物と化して、一方的な正義感を振りかざし、無辜の民を殺戮する。
そんな悪夢を終わらせるべく、勇者殲滅組織に集う、勇者を殺す事を目的としたアズマと勇者を人に還す研究に没頭するカグヤ。
各々の目的と意志がまさに水と油な二人は、衝突しながらも戦場へと赴く。

勇者とは一体何なのであろうか?
誰かの生きる希望となる者か、絶望から誰かを救い出す者か。
様々な描かれ方をする訳であるが、勇者を絶対正義とせず、悪として描いている作品もある。
立場が異なえば、見え方もまったく異なる。
一概には答えは出ないし、その正解は様々にあるのかもしれない。
では、この作品における「勇者」とは何なのか。

この作品における勇者、それは人々から忌むべき存在。
そして、少年少女のみが患う「勇者症候群」という現象。
人類に仇なし、災害の如く被害を齎す「女神」とだけ呼称される、正体不明の存在により、子供達が変貌させられる化け物。
その姿形は、何故か大人には見えず子供だけに見える、故にその対処を務められるのも子供達。
「殲滅軍」と呼ばれる組織、対抗するのは勇者を素材とした武器を用いる者達。
その精鋭部隊「カローン」を率いる少年、アズマは仲間であるリンドウ、コユキ、サクラと共に災厄の象徴となった勇者と死闘を繰り広げる中で。
ある日、新たなメンバーとして、研究班に属するカグヤが配属されてくる。

だが、かつての仲間達のように、簡単には二人は分かり合えない。
始まりからして、衝突し合ってしまった。
何故ならば勇者に対する考え方が違うから。
アズマにとって勇者は殲滅対象、カグヤにとって勇者は救うべき者。
反りが合わず最初から息が合わない中で、初めて迎える前哨戦。
ヒーローを醜悪に模した勇者との戦いの中、カグヤの耳にだけ聞こえた勇者となった者達の悲痛な声。
その声に疑問を挟む余地もなく、次の差し迫った戦いで。
突如現れた女神により、アズマの仲間達が次々と、勇者へと変えられて。
その仲間達を苦渋の決断で裁く、哀しい決着をつける事になってしまう。

改めて話し合って、カグヤのその特異性を理解したアズマにより立てられる新たな作戦。
勇者になった者の、内面に触れていく事で被害を減らすと言う目的は成功するも、代償としてカグヤの心の消耗を招く。
彼女の特異性の秘密は明らかとなり、療養も兼ねて、戦場から離れた途端に。
今度はアズマに女神が迫って、勇者へと変えられてしまう。

目撃するアズマの暴走、脳裏によぎるは仲間から託された願い、人々の希望となる事。
ならば、もはや迷う事は無い。
上官から背を押されて、アズマ達の元へ復帰したカグヤは、アズマの心象世界に触れて、彼の抱え続けた後悔を垣間見る。

それは、彼の「夢」の中の出来事で、実際の彼は現実の世界で化け物に成り果てていた。
勇者として無辜の民を助ける為に魔物達と戦っているつもりの彼は。
その実、自分が「勇者」となって、傍若無人に暴れ回って、建物を破壊して、人間を踏み潰し、大地を焦土と変える。
計り知れない被害を与える、比類なき災害と化してしまっている事に気が付かない。
その悪辣極まる所は、勇者となったつもりの彼に、その災厄の自覚がない所。
本人は、無意識下で思い描いた理想になって奮闘しているつもりが。
純朴な想いは、悪意の塊である女神によって、利用されて汚されてしまった。
女神という謎の存在に汚染されて、現実の肉体は怪物へと変貌し、当人の意識は夢の世界に彷徨ってしまう。

魔物が実は人間だとも知らず、女神の命ぜられるがままに、魔物を倒す《勇者》の皮肉で醜悪な構図。
彼らの見えている世界と、現実世界との認識の差異が容赦なく描かれる。
《勇者》は倒すしかないと思っていた部隊に勇者を人に還す、反魂技術を研究をする少女カグヤが加わる事で、少しずつ変容していくストーリーの中で。
それぞれの抱えた複雑な背景が語られる。
決して他人事ではない勇者化の過酷な現実を描きながら。
ぶつかり合っていた彼らが助け合って、共通の討ち果たすべき真の敵を捉えていく。

アズマの抱えた後悔を越えて、理解という名の手を伸ばす、託された願いを叶える為に。
シリアスが根底にあって、決して優しくはない世界で、反目しながらも徐々に絆を深めて、唯一無二の相棒となっていく二人。
世界を正したいという真っ直ぐな気持ちが、やがて共鳴し合う。

アズマの抱えた後悔はもう叶わない物。
残酷な世界で戦い続けるには、乗り越えなければならない物。
初めて人間らしい弱さを見せてくれたアズマに、カグヤは応えるように寄り添って、因縁の源である女神との決着を付けに向かう。

繰り出す刃と拳は確かな義憤と共に。
叩きつけるのは激情、人として邪悪を認めない、意志の強さ。
その想いが引き寄せる、現状打破の鍵となる勇者の「卵」なる存在。
一つの決着は確かに終止符を打ち、新しい道は開ける。
「勇者症候群」に陥った少年少女を、別の意味で救える新たな可能性。

一つの因縁に決着を付けたものの、まだ全てを救う事は叶えられていない。
果たして、終わりなき闘争が繰り広げられる中で。
アズマ達は、この現象の被害者達を救う事が出来るのか?  

女神によって認知を曲げられた少年達が、正しく世界を救う日は訪れるのだろうか?







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