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先輩に聞く|第2回 書籍3部Jさん

「先輩に聞く」第2回では、書籍3部のJさんにお話を伺います。Jさんは、男性向け官能小説レーベル「悦文庫」を担当しつつコミックも手掛けるなど、マルチに活躍されている先輩です。
紆余曲折あって今があるというJさんに、これまでの道のりと、その中で学んだ企画のコツ、作家さんと関係を築く方法について教えていただきました。


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●イースト・プレスに入るまで


――イースト・プレスには、いつごろ入社されたんですか?

27歳くらいのころですね。出版業界の経験ばかりか、社会人(正社員)経験もほとんどない状態でした。

――そうなんですね……! どういった経緯で出版業界に入ったんですか?

もともと編集者やプロデューサーの仕事に興味があって、大学3年生の頃から就職活動をしていました。イースト・プレスに入るまで、新卒採用・中途採用をあわせると100社くらい受けたかもしれません。
在学中に広告会社の内定はもらったんですが、希望していなかった職種の内定で、「アレ?」ってなって……。当時は「絶対に編集者かプロデューサーになる!」という思いが強かったので、辞退してしまいました。
就活浪人をすることに決めたんですが、そのタイミングで東日本大震災があり……。最終選考手前まで進んでいた出版社の選考もなくなりました。

――それはつらい……。

就職浪人中にはアルバイトもいろいろとやっていました。カフェで働いたり、セミナーの運営会社で秘書みたいな仕事をしたり。
でもあるとき、「このままズルズルやっていたらダメだ」と思って、退路を断つためにアルバイトをすべて辞めました。
就職活動に専念して、一度、東京にある中堅の出版社に業務委託で入ることができたんですが、実家の茨城から通うのも難しいし、ほかにも諸事情が重なって、数カ月で辞めることになりました。
そのあと1年ぐらいは、貯金を切り崩しながら暮らしていました。本屋やブックオフに通ってひたすら本を読み漁る……もとい、インプットしまくる期間を設け、一度、就活をリセットした感じです。
その後、就活を再開して、運よく別の出版社で契約社員として働けることになりました。でも試用期間中に、少し前に受けていたイースト・プレスからの内定が来てしまったんです。

――そんなタイミングで!

もう連絡は来ないと思っていたのでびっくりしました(笑)。
悩んだ末、イースト・プレスに入社することにしました。決め手になったのは、イースト・プレスが漫画も一般書も扱っていて、ジャンルも幅広かったことです。あと、未経験者も大歓迎というスタンスだったのでそれもありがたかったですね。

●「悦文庫」担当になるまで


入社後は総務部で1カ月、営業部で2カ月働いて、業界の基本的なことを学びました。編集部に配属されてからは、先輩編集のアシスタントをしつつ女性向けの小説に挑戦したのですが、うまくハマらず……。
企画も全然通りませんでした。ビジネス系とか美容系とか、ジャンルを問わずに企画書を作ったんですが、どれも「他社の本との差別化ができていない」ってボツになっています。
今思うと、やる気だけが空まわっていました。上辺だけしか考えられていない企画や、採算的に厳しい企画も多かったと思います。

――企画、なかなか通りませんよね……。

そのあと別の先輩編集者と、官能小説レーベル「悦文庫」を担当することになりました。でも、数カ月後にその先輩の退職が決まり、一人でやることになってしまい……。
当時、悦文庫は隔月3点の年間18冊刊行になっていたので、作業量としては正直不安でした。ただ、「先輩がいなくなるなら、私がやらないと!」という責任感もあり、目の前のことを必死になってやっているうちに、仕事を覚えていきました。
外部編集者の方々にも指導をいただきながら、いつのまにか「官能小説の編集者」をやれるようになった感じです。

●官能小説の編集について


――官能小説の編集ってどんな感じですか?

「このジャンルならでは」と思うのは、作家さんごとにオリジナルの当て字、言い回しがあることです。
原稿に赤字で修正をいれるのですが、作家さんには「これで正しいので直さなくていいです」と返されることもあって、最初は苦労しました。一般書の校正者さんに確認をしてもらうと大変なので、担当編集が校正、校閲をすることが多いと思います。

――なるほど! 企画はどう行うんですか?

「悦文庫」はベテラン作家さんが多いので、基本的には作家さんが描きたいものをベースに企画します。食事の席で、近況をお聞きしつつネタ出しをしてもらうこともありますね。
作家さんが出してくれた案について、編集者としても意見をします。市場の分析をして、どういう感じにしたら売れそうかを考えてご相談する感じです。あと、編集プロダクションの方の意見も伺います。

――時期によって売れ筋って結構変わりますか?

悦文庫でいうとコロナ以前は「凌辱もの」なども動いていましたが、今は痛々しい内容だとあまりセールスが伸びない傾向にあります。暗いニュースが多いぶん、みんな明るい話や癒やされる話を読みたがっているのかもしれません。

――こんなところにも影響が……。
「悦文庫」のカバーは基本的に写真が使われていますが、どういう基準で選んでますか?

カバーは、物語のシチュエーションを売りにすることもあれば、「腰!」「お尻!」「胸!」と、体の部位を強調することもあります。
ただ、ビジュアルで目を引きたい一方、露出度が高すぎてもウケがよくないこともあります。そのあたりはデザイナーさんとも試行錯誤しますね。
見せるエロではなく、見えないところのエロスっていうのが、なんかいいんでしょうね。見えないことで、想像力がより働くんだと思います(笑)。
あと、体裁について言えば、ページ数も増えすぎないように気をつけています。「官能小説は新幹線の片道で読めるボリュームがいい」って言われるんですが、1、2時間で1冊が読める程度のページ数に収めるのが基本です。今はあまり新幹線では読まないだろうから、あくまでたとえですが……。私の先輩はよく「片手で読めて片手でできるように!重すぎる本はダメ!」とも言っていました(笑)。

――実用的!
読者層としては、どのあたりですか?

メイン読者は50代~70代くらいの男性です。
でも、悦文庫には女性の読者もいますよ。ときどき若い人が「官能小説の言い回しが面白い!」って読んでくれることもあります。官能シーンもそれ以外のシーンも、作家さんたちの豊かな感受性が溢れんばかりに綴られています。

――普通に描くと、ただ「やった」になってしまうからこそ。

それをいかに描くかが工夫されていますね。まどろっこしいようで味があるというか。「日本人はストレートにものを言わない」ってよく言うけど、官能小説の婉曲な言い回しも日本ならではって感じがして、おもしろいですよね。

●「タモリ俱楽部」出演

「悦文庫」レーベルを担当したなかで思い出深いのが、2019年くらいに「タモリ俱楽部」の官能小説の回に編集者として出演したことです。

――あの「タモリ俱楽部」に!

 当時はまだ「悦文庫」担当になって3年目ぐらいだったと思います。「私よりももっとベテランの編集さんのほうがいいですよ」って言ったんですが、番組スタッフの方が「ぜひ、お願いします」って推してくれて、出演することになりました。
私はうかみ綾乃先生の『蝮の舌』を紹介しました(先生ご本人も放送を見てくださっていました)。自分なりにどうやったら作品が伝わるか、興味を持ってもらえるかを考えて喋ったんですが、一発本番ということもあって、収録直前までド緊張でした。ただ、そこを越えたらなんとかなりました。

なによりタモリさんのトークがうまくて、感動したのを覚えています。
番組のスタッフさんもすごかった! 下調べ・打ち合わせから収録本番、そして映像編集作業に至るまで、相当の時間と労力をかけている。その裏側を知ると、企画してくれたスタッフさんたちには感謝しかないです。コンプライアンスが厳しいご時世に、「官能小説」テーマの回をやってくれたのも含めて……(笑)。
放送後、作家さんや社内の人たちから「若手編集者なのに大御所感があった」「すごく話せていた、おもしろかった」って声をかけてもらいました。楽しんでくれたようで、よかったです。
あと、カットされている部分が多いのですが、タモリさんに名前を呼んでもらえたのが嬉しかったです。今をときめく、あいみょんさん、かまいたちのお二人もとても気さくで素敵でした。

――めちゃくちゃ羨ましいです。


●コミックエッセイ企画の立て方

――コミックエッセイの企画はどんなふうに考えているんですか?

イースト・プレスのコミックエッセイは、アラサー、アラフォーの読者を主にしたものが多いので、私自身も読者層にあたります。だから「自分だったら買いたいかどうか」「今、自分が欲しい本」をもとに企画を考えると、うまくいく気がしています。
実際、過去に担当した作品には、そのときの自分の境遇や欲求と重なるものばかりです。最初に担当したコミックエッセイ『地元で広告代理店の営業女子はじめました』(著:えりた)は、営業職に就いた新人女性が、壁にぶつかりながらも仕事の楽しさと人との出会いで成長していくお仕事エッセイです。


この作品に出合ったのは、私自身、なかなか企画が通らなかったり、通ってもうまくいかなかったりで悩んでいた時期です。えりたさんの奮闘するお話に共感して、本にしたいと思って企画しました。その翌年に刊行した『社会人4年目、転職考えはじめました』も、私自身が社会に出て3~4年目ぐらいだったと思います。

――ぴったりリンクしてますね。

2019年に刊行した『ぼくと小さな怪獣』(著:イトウハジメ)の場合、前作『美術学生イトウの青春』制作中の雑談から生まれています。作者のイトウさんからは妹さんの妊娠中から話を聞いていたんですが、姪っ子さんが生まれる前から愛情のかけ方がすごくて。
成長していく姪っ子さんを溺愛しつつ翻弄されるイトウさんがおもしろくて、「姪っ子エッセイってニッチだけど、萌える人も多いし癒やされそう」と企画した本です。
これも今思えば、当時はとても忙しくて、自分自身が「癒やされたい」「心安らかになりたい」という気持ちがあったせいかもしれません。


そして、今アニメ放送でも話題の「王様ランキング」作者、十日草輔さんの『脱サラ41歳のマンガ家再挑戦 王様ランキングがバズるまで』もそうですね。
2018年に「王様ランキング」がバズったとき、一気読みした方も多かったと思いますが、私もそのひとりです。読み切った直後、「王様ランキング」の書籍化打診メールをしていました。すでに他社での刊行が決まっていましたが……。
ただそのあと、お会いする機会があって、エッセイ漫画の企画を受けてくださることになりました。十日さんの漫画家への道のりは、私が出版社、編集者として働くまでの道のりとも重なる部分があって、共感したのがきっかけでご提案できた企画です。漫画家さんに限らず、多くの人に読んでもらいたい一冊に仕上がったと思います。


――人生の伏線回収感があってアツいです。

自分が感じていることは、ほかの人も同じように感じていたりします。だから、普段の生活で悩んでいること、心が揺さぶられたことが、企画作りの糧になるように思います。

●作家さんとの関係づくりについて

――作家さんへの接し方で、意識されていることはありますか?

とにかく、作家さんへのリスペクトを持っています。自分が編集者として働けるのは、作家さんがいるからだと思って動いていますね。作家さんがいないと、出版社はほとんど成り立ちません。
あと、お金や契約面では誤解が起こらないようにしています。自分が作家だったら何が聞きたいかを考えて、できるだけ作家さんの不安を取り除きたいと思っています。
私の場合、実家が自営業だったので、資金繰りの大変さも知っています。会社員だと毎月振り込まれる給与がありますが、自営業として働く作家さんたちは違います。
信頼関係を築くためにも、クリアにするべきところは最初に話して、あとは作品づくりに集中してもらえるように心がけています。

――お金関係、大事ですね。

担当している漫画関連の作品では、新人の方、経験の少ない方が多いので、最初に出版契約がどんなものかも説明します。
「他社で出すほうが条件は良いかも」と思う部分も、交渉の上で不利にはなりますがお伝えします。あとから知って不満を感じるようなことがあってほしくないので。
一緒に作品づくりをしたい思いもありますが、生活がかかっている方もいますし、できるだけ後悔のない判断をしていただけるように考えています。
制作の進め方などについても、出版社(編集者)との相性はあります。正直にメリットデメリットをお伝えして、他社とのほうが合うと作家さんが思うのであれば、その選択も尊重します。
目の前の企画を逃すことになっても、そのほうが良い関係性を築けることもあります。仕事に繋がらない場合もありますが、作家さんを応援したい気持ちは変わりません。
他社で仕事することになった作家さんからも、たまに連絡をもらいます。「〇〇読みましたよ!」と、私の担当作の感想をいただけることもあって、それが嬉しいですね。そういう作家さんたちともどこかのタイミングでお仕事したいと思っているのですが、皆さん大忙しです……(笑)。

――まだビジネスライクな関係しかつくれていないので、憧れます。

大手出版社と違って、中小規模の出版社だと、編集者一人が担う「編集業務」以外の作業がいろいろあるんですよね。編集だけをしていればいいわけではなく、原価や資材設計、作品のプロデュースなど、本を売るまでの細かな雑務をしているからこそ見えてくるものや学べるものもあります。
イースト・プレスも忙しくはありますが、作家さんへのサポートを手厚くしようと心掛けている編集者が多い印象があります。このあたりは会社の強みのひとつかもしれません。

――なるほど! noteを読んでいる方にメッセージがあればお願いします。

イースト・プレスには、さまざまな経歴の人が集まっています。おもしろいものを世に出すべく、作家さんと力を尽くしている弊社を、どうぞよろしくお願いします!

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編集業務のことはもちろん、人たらしの秘訣を学んだ気がします。
次回の先輩は、営業部のYさんです。お楽しみに!


*「先輩に聞く」第1回、第3回は下記のリンクからご覧ください*

ぜひ、ほかの回ともあわせてご覧ください!

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