電話は無理なのに、ビデオ会議が楽だった脳コワさん

『「脳コワ」さん支援ガイド』(医学書院)刊行から2日目。
相変わらずAmazonでは欠品状態で、これはおそらくAmazonが引き続いている新型コロナ対策の自粛要請の中で物販の方の流通に力を入れているためだそうです。が、実は脳コワさんの僕は、この自粛テレワーク生活の中で、ちょっと嬉しい発見がありました。

※脳コワさんとは……
発達障害・認知症・高次脳機能障害・うつ病など精神疾患全般の
あらゆる「脳に機能不全を抱えた」ことで不自由を抱えている当事者さん
(念のため・僕は高次脳機能障害の当事者5年生です)

電話で話せなくなった脳コワさん

在宅の文筆業で、しかも脳コワさんになってから取材業を廃業せざるを得なくなった僕は、もともと取引先と「テレ」(遠隔環境)なワーカーだったのですが、脳コワ後にとても困ったこととして「電話で話せない」ということがありました。対面でも人の話を上手に聞き取れなくてパニックになることが多かったのですが、電話だとほぼ100%パニックを起こしてしまうのです。
相手が一度口にした内容が、すぐわからなくなる。
相手が日本語を話しているのは分かるけど、その意味が脳に入ってこない。
すごく早口に感じる。
相手の話が飛躍して意味がつながらないように感じる。
結局何が言いたいのかわからない。
返答の言葉も上手に出てこなくて、聞き返しもできず、相手だけが一方的に意味不明のことを話して、何も伝わらないまま電話を切られる。
もう、地獄です。
これはやはり高次脳機能障害の当事者だけでなく、多くの脳コワさんから共感を得る症状なのですが、
・脳の情報処理速度が遅い
・ワーキングメモリが低い
・二つの作業を並行できない(相手の話題1と2を連続して話されるとついていけないし、聞きながら自分の返答を考えられない)

等々がパニックの機序になっているのでしょう。

この症状、回復するタイプの脳コワさんである高次脳機能障害の僕は時間薬ですこーしずつすこーしずつ改善していきましたが、環境調整的には「連絡はメールかラインで!」とお願いして回ることで対策するしかありませんでした。でも、新規の取引先が電話番号しか知らない場合とか、ぼくが障害当事者になっていることを知らない過去の取引先もいますから、まあ、ずいぶんとたくさんの仕事を失ったと思います(でも文筆業なんて仕事だからまだ助かった)。
ということで、今も基本はこの方針(電話しないで!)を継続中です。

そして今回の自粛テレワーク。対面の会議や打ち合わせができないので、ビデオ会議やライングループによる音声会議をやってみようとなったわけですが……。
結論は、音声会議はやっぱり駄目、でもビデオ会議はイケる!!! だったのです。
どういうことでしょう?

脳コワさんは空を見る

まず、自粛後しばらくしてライングループに3名入っての音声会議に挑戦したぼくでしたが、相手が話している間、その言葉を理解しつつ返答を考えようとすると、僕は仕事部屋の窓の外から見える空や桜の木に「強制的に視線が持っていかれる」感じを受けました。
それは、受傷後の急性期に体験したことのある(※)「視線を自力でコントロールできない」という症状によく似た感覚。これはいわゆる「ひとは脳内で複雑な思考処理をするときに空や白い壁を見る」=脳の複雑な情報処理を優先して視覚から入る情報を制限しようとするという機能のより強いバージョンで、窓の外に視線をギューッと持っていかれてそこで視線が固定し、なかなかほかのところを見れない(見たくない)ような感じなのです。
結局この会議は、ある程度もともと話題のコンセンサスがとれていたこともあって、担当さんがたもツーカーな方で、なんとか無事終了できたのですが、その後半日倒れました。
ちなみに今でも午前中に突然の電話に対応しなければならないとき「午後が半分使い物にならなくなる」なんてこともあるんですが、結論として、やっぱ遠隔音声コミュニケーションはダメ!!!!

相手の顔という情報は増えるのに……

では、一方、音声に加えて相手の顔という情報まで入ってきてしまうビデオ会議はどうでしょう。処理すべき情報の量は、増えます。よく、対面で話すと相手の表情から情報を補完するので話しやすいなんて言いますよね。けど、脳という情報処理の臓器に失調を抱えている僕ら脳コワさんにとって、情報量が増えることはどんなことでも鬼門のはずです。
ところがどっこい、これが全然楽なのです。楽どころか、1時間ビデオ会議やった後に2時間ビデオ対談なんて仕事ができてしまうほどに、負荷が軽い!

どうしてだろう? こういう時、僕は自分がどのように動作しているかを観察し、振り返るようにしています。
まず、ビデオ会議で相手の話を聞いているとき、僕は相手の顔をずっと見ているわけではありません。相手の顔を見たり、手元のメモに目をやったり、相手の話を隣においてあるパソコンのキーボードで書きとったり、常に視線は動き続けています。ちなみに、こちらから話すときは、少し相手の顔を見る時間が増えるみたいだけど、やっぱりずっと見ているわけではないのです。
そして、相手の話もすんなり脳に入ってくるし、きちんと返答もできる(対面ほどじゃないけど)。

音声会議とビデオ会議、比較して言えるのは、こんなことだと思います。
・僕の脳には耳から入る情報より目から入る情報のほうを優位に取り込んでしまう特性がある。
・相手の情報が音声のみだと、目から入る(相手の言葉の意味以外の)情報を制限しないと上手に処理できない。
・ビデオ会議の場合、目から入る情報(相手の顔)と耳から入る情報(相手の言葉)が合致しているため混乱がない。
・相手の顔以外を見ているときは、実は相手の話を聞いているんじゃなくて、解釈や返答を志向しているときっぽい

「顔という情報」が補完するんじゃなくて、聴覚情報と視覚情報が意味的に合致していることが大事って論考はあんまり聞いたことがないですが、少なくとも僕にとってはこんな感じのようなのでした。
恐らくビデオ会議というお互いに慣れない環境で、こちらが多少ミスをしても大丈夫かもしれないという心理も作用していると思います。
ということで、話している相手の顔を見ていないときの僕は相手の話を聞いていないときという余計な発見もありましたが、以上が自粛テレワークの中で得た、ちょっと嬉しい体験。

新刊『「脳コワさん」支援ガイド』は、こうした脳コワさん症状(もっと基本的な)の観察と解釈、その不自由感の言語化などを試みた一冊です。

たくさんの方が亡くなって、たくさんの方が所得と仕事を失い、家族関係に大きな問題をきたす方も多いコロナ禍ですが、我々脳コワさんはただ普通に生きていくだけでも日々不自由の中にあります。けれど、その不自由を知ってもらうこと、自ら知ることで、生活の質は任意に上げることができます
支えてくださる方、脳コワさん仲間、皆様に届く一冊になりますよう。


※「視線を自力でコントロールできない」=右脳を損傷したため左視野への注意が下がり、一方右視野への注意が亢進することによって、右方面を凝視してしまう「半側空間無視」と、一度注意を惹きつけられたものから注意が転導できない「注意障害ベースの凝視」

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