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母の日

誕生日を抜かして
記念日、というものが
あまり得意ではない方かもしれない。

なんとなく、やらされてる感を
感じてしまうのは
根っからのマイペースだからか。

街を歩いていてふと目に留まった物が
あの人にぴったりだと思えば
何の記念日でなくても買うし

気になった時に
顔を見て電話をしたり
お菓子を送ったりする。

だから、〇〇の日と言われると
なんとなく窮屈な気持ちになる。

だからか、毎年母の日の花は
ぴったりに贈るぞ!とならず
やらされてる感を引きずって
2日程遅れて到着している。
どうせ贈るなら母の日に
送ったら良いのに、どうしても
直らない。

私の母は、10歳の頃に
自分の母親を病気で亡くした。
祖父は代々引き継がれてきた
長野県の砂糖問屋で
大きなお屋敷を構えていた。
祖父の義父が来る前までは。

祖父がまだ小さな子どもの頃に
義父が来て間もなく
その砂糖問屋は借金を抱えて潰れた。

祖父は丁稚奉公として売られ
借金返済のために働くことになった。

私の知る祖父は、とにかく子どもが好きで面白くて理想のお爺ちゃん像
そのままだった。大好きだった。

でも、幼い頃に人身売買で売られ
影が無い訳がない。
母から聞いてた祖父は
小さな娘3人を古い部屋に残して
ギャンブルに明け暮れる父親だった。

私の知る祖父とはかけ離れていたから
言葉としてしか入らない情報だった。

それでも、母たち姉妹が成長し
当時は中卒でも珍しくなかった時代に
祖父は3人を高校まで出したと
聞いたから、やはり私のおじいちゃんだとほっとした思いがあった。

そんな母は、私が物心つく頃から
なんとなく母親っぽくないというか
こどもっぽいなと思う事が多かった。
それは口にはした事がなかったけど
つい最近まで思う事があった。

でも、先日父のお見舞いで帰省した時に
母から、父にこどもだと言われると
聞いて腑に落ちた。

母は10歳から母親を知らずに育った。
それまでも、病気を患っていた祖母は
母に母親として接する事は
難しかったと容易に想像できる。
きっと、母は10歳の少女で
止まっているんだ。
今の私の長女と同じ歳。

そこまで想像する事で
母をより愛おしく思えた。

今年も母の日の花は
2日程遅れて到着すると思うけど
顔を見て、感謝を伝えようと思う。

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