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~ある女の子の被爆体験記22/50~ 現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。”8月7日、夜”

(8月7日、ノブコはおばあちゃんを探しに広島へ来た。焼けただれた人々を見たり、広島の町に広がる臭いをかぎ、一人で町を歩き回った。ようやくおばあちゃんの家のあった場所まできた。)

思い出した避難先、楽々園

ノブコは、その後もしばらくガレキを一人で掘り起こしていたが、おばあちゃんの姿はどこにも見つからなかった。
雲の切れ目から青空が少しだけのぞいた。
「もしかしたら、どこかに避難しているのかもしれないなぁ」
ノブコはガレキの上に座って足を投出し、おばあちゃんと話したことをよく思い返してみた。
「そうだ、楽々園に避難するって言っていたかもしれない。
空襲があった時は、この近所一帯は防空壕が無いから、避難場所は楽々園だと‥。そうだ、楽々園に避難したかもしれん」
 楽々園は、広島の西へ11km、宮島に向かう途中にある遊園地だ。路面電車の線路に沿っていけば、10駅ほど先が楽々園駅だ。
ノブコはゆっくり立ち上がり、辺りを見回した。
消えた町に動く人影が、そこにも、向こうにも見えた。ノブコと同じように肉親を捜して地面を掘っている人の姿だ。遠くの方に、アリのように小さい人の姿が見えた。突風が吹くと、腕や手で顔を覆ってしばらくたたずみ、そしてまた懸命に何かを探しているようだった。
あの大人たちが、まるでアリンコみたいに小さくみえる。ちっちゃなアリンコが家族を必死で捜している。一匹のアリンコは、国のために働いてきたのに、なんでこんなところで家族を捜すことになったんだろう。それならアリンコは、列からはみ出して、はじめから家族のために生きた方が良かったはずだ。あたしもアリンコじゃ。アリンコはどうしたら良かったんじゃろうな。
頭に湧き上る自問に、やるせない風がノブコの髪を舞い上げた。
おばあちゃんは見つからなかった。
ノブコは、道端の壊れた井戸水のポンプを見つけ、ポタリポタリ垂れる指摘を口で拾って飲み込んだ。そして手で水滴を拾い、顔を塗るように洗い、袖で顔を拭いた。楽々園に、おばあちゃんは避難しているかもしれない。
「よし。楽々園に行こう」
西からの日光が顔を照らし、土橋の家の方へと長い影を伸ばした。
線路に沿って、西へ西へとノブコは歩いた。ほんの時々、左手側に、遠くに光る海が見えた。

トマトを食べて


焼け野原の広島の町を振り返ること無く歩き続けていた。足が痛んでも無視して歩き続けた。
「あ、ここには草が生えている」
足元の土に緑の雑草が生えていることに気づいた。
後ろを振り返ると、焼け野原の大地がさっきよりも遠くに広がっている。
乾いた喉がガサガサと音をたて、思わず咳こんだ。足が棒のように重かった。夕日は遠くの水平線に沈んだようだが、それでもまだ蒸し暑くて、頭がボーッとした。
「ちょっとだけ休もう」
路面電車の線路の通りから少し道を外れると、小高い草むらがあった。そこを登って辺りを見渡すと、どこかの家の畑が見えた。沈んだ夕日は、あっという間に夜の帳を降ろし、辺りを薄暗くしていた。
ノブコは畑に入り、葉っぱをかきわけて、食べるものがないかと探した。
うらなりのキュウリをつかみ取り、まだ緑色をしたトマトをもいで、立ったまま、がつがつと食べた。渋い汁をゴクンと飲み込み、トマトのへたを口から出すと、フラフラと畑を離れて平らな草むらの上に横になった。
体がまるで地球に引っ張られているかのように、異様に重く感じられた。
自分の体が地面に沈んでいくように、ノブコはどっぷりと深い眠りについた。

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