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~ある女の子の被爆体験記37/50~ 現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。“平和の解剖記録。14才男の子 “

14歳 男性 外傷なし、胸のつかえ感、下痢

爆心地から1kmの場所にある広島県立第一中学校で、被曝した。着衣はシャツ1枚だった。突然閃光を感じ、机の下の頭から入ったが建物の下敷きとなった。火をよけて海田市近くまで逃げた。民家で水をもらったが吐いた。被爆当日の夜に西条の自宅へ戻った。帰った時は食欲があったが、胸がつかえて困った。その後も食べるとつかえて、吐く。あまり吐くので寝た。少し眠れた。
2日目、体のあちこちが痛かったが比較的元気だった。食欲はあり、とくにお茶漬けが食べやすかった。
3日目、全身倦怠感があり休んだ。胃の膨満感があって、熱は37.2-37.3度だった。
5日目、吐き気があり、1回嘔吐した。食欲が無く、時々腹痛があった。
6日目、朝1回下痢があり、西条療養所を受診した。下痢は最期まで続いた。
医師による診察所見として、体格は普通で、やや細長い。栄養状態は普通、発疹はなく、外見上の異常は見られない。自覚症状として、全身倦怠感が強く、胸に締め付けられるような痛みがあった。吐き気があり、パン一切れ、重湯や葛湯をわずかに一口とるだけだった。全身の筋肉は脱力状態で力が無い。熱は37.2度、咽頭に異常はなく、ただ舌には黄白色の厚い舌苔が見られた。みぞおち、下腹部に軽い圧痛があった。白血球数は4200、赤血球数は406万と正常範囲だった。赤血球沈降速度(赤沈)1時間21mm、2時間45mmと亢進を認めた(*赤沈は炎症や貧血、血液疾患などで亢進する)。(当時の治療として)ビタミンBが与えられた。 
7-8日目、軽い鼻水が見られ、3日目から痛んでいた上唇に潰瘍ができた。
その後、時折微熱があり、食欲低下と倦怠感に変化は無かった。
11日目、咽頭が痛くなった
12日目、突然39度の発熱があり、血液検査をすると白血球数が1200と著明に減少を認めた。赤血球数は414万と貧血は無かった。この日初めての輸血を行ったとのことである。
13日目、パンを一口だけ食べた。白血球数700と著明に減少していた。(当時の治療として)この男子の自家血液50mlを筋肉内に注射し、そのほかB型の血液100mlを輸血した。
14日目、39度以上の発熱をみとめた。
15日目、鼻が詰まり始める。
19日目より、鼻水に血液が混じり始め、鼻血が出る。
20日目より、胸部を締め付けられる10分間続く痛みが30分間隔で起きた。
21日目より、血尿が見られ、全身に点状出血が見られた。
22日目に、両側の白目に出血が点状に見られた。16時に息を引き取った

病理解剖学的所見

全身臓器に見られる出血傾向、そして、放射線の影響と考えられる咽頭、消化器の所見を認める。
出血所見が、皮膚、胸膜(肺を包む膜)、心外膜、気管支、肺、腎臓、膀胱、胃、大腸、脳軟膜にみられる。眼球の点状出血、鼻腔のかさぶたがみられる。
舌の根元部分から咽頭や喉頭に偽膜(粘膜がはがれたような所見)と浮腫がみられた。扁桃腺にも偽膜があり、壊死がみられた。扁桃腺内には、細胞は多く見られ、ほとんどが大小の形質細胞であった。
食道の所見は記載されていない。胃の粘膜表面3分の1にびらんを認めている。
大腸は、粘膜下層に達する壊死がみられるが、通常の細菌性の炎症でみられる好中球などの白血球の反応は見られず、少量の形質細胞の浸潤が見られる。粘膜は厚い偽膜を作っており、粘膜下は最高度の浮腫がみられ、所々出血がある。
肝臓は、脂肪性の変化および、うっ血をみとめた。
膵臓は、ランゲルハンス島細胞がやや肥大している。
腎臓は、うっ血が見られ、尿細管の上皮が肥大している。
精嚢内に精子は認められない。

同じ場所で被爆した同級生と教師

この14歳の男の子は、爆心地1kmの学校で被爆した。当時の生徒であった原邦彦氏は被爆の瞬間をこう話している。「いきなりピカッと光ったかと思うと、バーンという音。それと同時にガラガラと倒れる校舎。……外は月夜よりも暗かった。……首が切れて死んでいたもの、今にも死にそうになっているものなどもあって、まるでこの世の地獄であった」(http://yo-koda.sakura.tv/genbaku/kokutaiji.htm) 被爆時、爆心地から1kmの広島県立第一中学校にいた3クラスの生徒と教員のうち、50人が校舎の倒壊で即死あるいは焼死した。校舎を脱出して逃げた生徒たちは、途中で行き倒れたり、収容先で亡くなったり、ほとんどが死亡した。学校にはほかにも3クラスの生徒が、建物疎開、つまり空襲に備えて校外の建物の取り壊し作業をしていたが、即死または焼死、重傷を負って逃げた人もいたが、結局、生き残った生徒はいない。生徒351人、教職員15人が亡くなられた。

解説:

 この男の子は、外傷は無い。自覚症状は、被爆当日から「胸のつかえ感」を訴えている。被爆から22日目の病理解剖では、口腔内から咽頭にかけての偽膜、粘膜のはがれを認めていて、口腔から咽頭の放射線障害による炎症を疑う。それは被爆当時に認められたかは確かめるすべは無いが、被爆当日から自覚した「胸のつかえ感」は、食道の急性放射線障害の可能性を示唆する。なぜなら、症状を分析する総合診療医としての筆者の意見だが、患者がのどが痛い場合には「のどが痛い」というのであって、「胸がつかえて困る」とは言わない。つまり、この時の病変が食道にいたっていた可能性が考えられる。

「帰った当時食欲はあったが、胸にがつかえ困った」(原子爆弾災害調査報告集、第二分冊 日本学術振興会刊1953 1355ページ 引用)という表現からも、食事を飲み込んだときにつかえを感じたと考えられ、食道病変があった可能性を示す。つまり、少年のいた爆心地より南東1kmの学校では高濃度の放射線があり、放射線の影響を受けやすい臓器、つまり骨髄、リンパ組織(扁桃腺など)、睾丸または卵巣、腸、食道、咽頭、胃、毛嚢上皮に急性放射線障害を起こしていたと考えられる。
しかし、急性放射性障害は、明らかな被曝が分かっていない場合には、すぐにそれを疑うことが難しい。なぜなら、骨髄やリンパ組織、性腺などは、初期の自覚症状を現しにくい臓器だからである。通常は、後日の検査により血液異常などによって判明するのだ。
この点で、14歳の少年が被爆直後から訴えた症状は重要である。「食べ物を食べた時の胸のつかえ感」という食道近傍に起きた可能性のある、高濃度の放射線障害による初期症状は、血液などの検査を行なっていない状態でも、急性放射線障害を疑う手がかりとなる。

なお、ほかの火傷を負っていない被爆者が訴えている、「のどが痛い」という症状も、初期症状として重要と考えられる。放射線の影響の受けやすい臓器であるリンパ組織、つまり扁桃腺や咽頭が急性放射線障害をおこし、喉の痛みが初期に起きやすいと推測される。

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