見出し画像

ある愛の話

自分が見ていた患者さんの話です。

その患者さんは60代の大腸がんの方でした。肝臓に転移しており、化学療法のために私の外来に通っていました。転移した大腸がんは治癒が見込めず深刻な状況ですが、その方は落ち込んだ様子は見せずいつも明るい様子でした。

時々女性の方と一緒にいらしていました。その女性の方はフィリピン人で、結婚はしていないが妻のような人と紹介されました。患者さんに献身的に付き添い、大切な病状の説の時は同席して一緒に話を聞いていました。我々も何かあった時は伝えるべきキーパーソンとして接していました。

その患者さんは仕事でフィリピンと日本を行き来していました。フィリピンにいる時はその女性の実家で過ごしていたそうで、家族ぐるみの関係だったようです。

大腸がんは徐々に進んでしまい、残念ながら化学療法は尽き、家で過ごすことも苦しくなって入院となりました。入院中も徐々に具合は悪くなり、ベッドから動けない状況となりました。その間も女性が付き添って献身的に看病していました。

ある時病棟の廊下でその女性に「ちょっといいですか」と呼び止められ、病室に来るよう言われました。私が病室に入ると、患者さんから、頼みがある、と言われました。

「先生、結婚の証人になってもらえませんか?」
突然だったので戸惑っていると、
「私はもう長くない。彼女には色々と尽くしてもらったけれど、このままだと何も残してやれない。最後に籍を入れてやりたいんだ。」

こんなことはあまりなく戸惑いつつも、患者さんの真剣な顔をみて、婚姻届の証人になりました。
いままで籍を入れていなかったのには何か事情もあったのでしょうが、最後に結婚したいという気持ちになり私に頼んできたのでしょう。また、おそらく遺産相続のこともあったのだと思います。断ることは出来ませんでした。
病室で婚姻の証人欄に自分の名前を書いている時に、ちょっとした結婚式のような厳かな感じもあり、二人の愛のために役に立てたのは嬉しい気持ちもありました。

その2週間後に患者さんは亡くなりましたが、最期にお二人の時間を過ごせて良かったと感じます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?