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アカシア茶事件についての考察 医療・社会システムと無資格医療行為

アカシア茶事件について医療者として思ったことを書く。

アカシア茶事件は上のニュースリンクにもある通りの事件である。青井硝子として知られる人物が、向精神物質を含むアカシアコンフサの粉末を販売し、客が飲用するのを幇助したということで逮捕された。

アカシアコンフサはDMTというサイケデリック系統の向精神物質を含む。DMTは経口摂取ではモノアミン酸化酵素(MAO)で分解されるため向精神作用を発揮しない。MAO阻害薬と組み合わせて飲用すると強力な幻覚剤として作用する。元々はアマゾンでDMTを含む植物とMAO阻害薬を含む植物を組み合わせたアヤワスカという飲料があり、シャーマニズムの儀式や民間療法で用いられていた。
青井氏はアヤワスカを参考に、DMTを含むアカシアコンフサと、MAO阻害薬(オーロリクス)などを組み合わせるレシピ(アヤワスカアナログなどと呼ばれた)を開発し書籍やインターネットで公開しており、アカシアコンフサを販売したり、その使用方法を他者に教えたり、お茶会と称してトリップをガイドする会を催したりしていた。
またメンター制度と称して、アカシア茶のトリップをガイドする者を養成し、アカシア茶のノウハウを「安全に」広める活動をしていた。

彼は麻薬取締法違反に問われており、裁判の争点もアカシア茶は(合法の)お茶なのか麻薬なのかがメインとなっている。アカシアコンフサという植物自体は規制の対象ではなく、またそれ単体では麻薬としての作用を持たない。有効成分のDMTは麻薬指定となっている。煮出して液体にすることがDMTの抽出に当たるかが問題となっているようだ。アカシア茶(およびアヤワスカアナログ)はグレーゾーンにあり、裁判官がどのような判決をするか注目される。

しかし、医療者としてアカシア茶が麻薬か否かということ以外に、この事件で気になる点がある。これが無資格医療行為に当たるのではないかということだ。

ヒルカワさんのブログにもまとめられている通り、青井氏はアカシア茶を「ヒーリング」目的で他者に飲用させている。具体的には、うつ病など心を病んだ人に対する治療の目的で行っていた。青井氏側の弁護人は、これは医療行為ではなく宗教的な癒やしである、と主張しているが、DMTとMAO阻害薬という明確に薬理作用がある物質を患者に投与していることから、投薬行為、医療行為と行っても差し支えないと私は考える。

つまりは無資格医療行為を行っていた。無資格医療行為は医師法違反となる。
青井氏の動機は善意から出たものであるし、そのやり方も注意深く良心的であったと考えるが、それでも無資格医療行為には問題があると考える。
私は医師であるが、医学生時代から医療倫理というものを教え込まれた。その原則のなかで重要なものとして「患者に危害を加えない」ということがある。そんなことは当たり前だと思うかもしれないが、これには深い意味があり、医療行為というのは患者の害になる可能性を秘めており、それを自覚しろということなのだ。薬の投薬は誤った選択や副作用などで患者に害をなすことがある。医師はそれを十分自覚し、その責任を負って治療を行う必要がある。無資格での医療行為はその責任を負えないのである。

例えば医師は抗がん剤などの副作用が大きい薬剤を患者に投与することがあるが、その場合は、定期的に血液検査や画像検査を行うし、なにか副作用があればそれに対する治療を行うことも出来る。場合によっては他の医師のアドバイスを得ることも出来るし、ひどい場合にはICUに入室させ集中治療を行うことも出来る。医師は一人で患者を見ているわけではなく、そこには病院のバックアップがあり、また、チェックの目も入る。医師は医療システムに支えられているのである。
一方で無資格の治療者は個人で治療を行っており、大きな副作用に対応できない。診断、治療適応、治療効果判定も自己流で正しくない場合があるだろう。
特にアカシア茶ではMAO阻害薬を同時服用するが、MAO阻害薬は飲み合わせの悪い薬や食品が多く、取り扱いにくい薬である。また、代替医療は通常の医療であまりうまく行っていない人が集まりがちであり、精神科の薬を多剤服用していたり、自傷他害の恐れがあったりなど、事故が起きやすい人が多いことも予想される。実際に救急搬送されたり事故も起こったようである。幸い大事に至らなかったようであるが、そうなる前のヒヤリハットの時点で国家権力による介入があったとも言えるだろう。

無資格の治療者を社会として容認できるだろうか。たとえその人が素晴らしい治療者であったとしても、それを許してしまうと模倣者を止められないという問題がある。その模倣者が善良である保証はなく、むしろ悪質である可能性のほうが高いだろう。
特に青井氏の事例ではアカシア茶というある意味で脱法ドラッグと言えるものを取り扱っているのと、メンター制として後続を育成していたという事があり、悪質な後続者が生み出される土壌が十二分に出来ていたように思う。このことから社会秩序のために彼を止めざるを得なかっただろうと私は考える。

青井氏のヒーリングで救われた人がいたことも確かであると私は思う。また、サイケデリクスを併用した心理療法がうつ病に効果的であるという論文報告もある。だが、では無資格で勝手に行うの許されるのかというと、社会に対する悪影響が大きすぎ容認は出来ないだろう。善悪を分け難いなかなか考えさせられる事件と感じる。


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