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放尿を深掘ってみる。【認知症#7】

こんにちは。くんぱす先生です。
内科系専門医として臨床経験を積んだ後、出産を経て介護老人保健施設の施設長に従事し、現在は認知症疾患センター認知症治療病棟医として勤務しています。

【認知症】の投稿が久しぶりになってしまいました。
今回は、介護ケアで困ることを取り上げて深堀りしてみようとおもいます。

家族や介護職が行うケアの中で、【排泄】のトラブルってかなり負担が大きいですよね。
トイレに失敗することが増えたり、失禁放尿をするようになると、ご家族の疲弊は限界に達し在宅介護の継続が難しくなるケースがほとんどです。
排泄(排尿や排便)は一日に何回もある行為であるため、介護保険サービス導入でもカバーしきれないことが多いのも一因だと思います。

放尿とは

現場ではほとんどの場合”異所排尿”を指します。
”異所排尿”とは、本来排尿すべき場所ではない所に排尿することです。
本来排尿すべき場所とはほとんどの場合、トイレですね。介護度の高いADLが低下された方ではオムツ内かもしれません。
それ以外の場所で排尿することを異所排尿といいます。
例えば、玄関に排尿してしまうなどは異所排尿と言えるでしょう。

片付けをする介護者の負担が大きい

玄関に排尿されていたら、介護者は驚くとともに片付けが大変ですよね。

「もう!なんでこんなところにおしっこしちゃうの?
 私への嫌がらせかしら!」

日頃から、時間に追われる中で介護をなんとか続けているご家族はこんな気持ちになることもあるでしょう。

ここまでは介護者側の視点のお話でした。
では、認知症当事者の視点に立ってみるとどうか。

本人はなぜ放尿に至ったのか

「ん?おしっこしたいな。
 トイレ、トイレ、、、
 どうしよう、分からない。
 さすがに部屋の中でおしっこはまずいし、、
 しょうがない、ここ(玄関)でするしかない。」

これはあくまで認知症を発症したことのない我々が、認知症当事者の立場に立って想像したものになります。
この当事者の心の声の中には、認知症で失ってしまった能力とまだ残存している能力混在しています。

失ってしまった能力:【見当識障害】トイレの場所が分からなくなる

ずっと通っていたスーパーから自宅に帰れずに迷子になるように、認知症の進行により場所を認識する能力が低下します。
ちなみに【見当識障害】は一般的には『時間』『場所』『人』の順に障害されると言われています。

残存している能力①:【尿意】排尿したいと感じ、行動する
残存している能力②:【節度や社会的ルール】部屋の中で排尿はまずい

失ったものだけでなく、残っている能力まで想像しよう

認知症患者さんと関わるときに、我々はなぜか『失ってしまったもの』に目が向きがちです。
今回の放尿のエピソードでも、『トイレで排尿できなくなった』というアセスメントになるでしょう。
でもこんな風に深堀りしてみると、【放尿】とたった一言で片付けられてしまう症状の中には、当事者の中の失った能力と残存した能力の葛藤があるのではないか、と私は想像します。
この想像力は、こういった問題行動に対する対策を検討するときにとても大切な役割を果たします。

なぜその行動に至ったのだろうか

ここからはいかに本人の立場に立ち想像するか、に尽きます。
そう、正解は分かりません。
いえ、正解は本人がご存じです。
でもうまく言語化できない場合が多く、教えてはもらえません。
想像し、対策を練り、やってみてはじめて、ご本人の行動から正解だったのか否かが分かるのです。

みなさんも想像してみましょう。
あなたがこの当事者の立場だったら、、
どう対策・工夫したら次はトイレで排尿できそうですか?

対策案

介護者Aさんは場所の見当識障害に着目しました。
「トイレがどこか分かれば、トイレでできるんじゃないかな?」
そこでトイレが分かるようにしました。
どうやって?
ここでさらに踏み込んで想像する必要がでてきました。

「『トイレ』と張り紙をしたら読めるのかな?」:読字障害はないか?
―カタカナは読めなくても、平仮名は読める場合もある。

読字障害があるみたい。

「じゃあトイレマークはどうかな?」

トイレのドアに貼ってみたけど、やっぱり分からないみたい。

「いっそのこと家の中だし、トイレのドアを開けておいて便器が目につくようにしたらどうかな?」

こういった具合にトライアンドエラーを繰り返し、ご本人の認識できる残存した能力を探し当てていくと解決できることがあります。
そう、介護の上で困った問題行動の解決の糸口は失った能力ではなく、残っている能力に気付いてあげることなのではないでしょうか。

ここまで読まれた方は無意識に気付いてらっしゃるかもしれませんが、こういった介護負担になる症状をよくしてあげられるのは薬物療法ではないことがほとんどです。

非薬物療法の大切さ

薬ではなく、ケアの仕方や環境の工夫で症状を軽減し、日常生活の支障となる問題行動を改善する方法を非薬物療法といいます。
【見当識障害】など認知症の中核症状は、薬で改善してあげることは現実的に難しいです。
今回の、「トイレの場所がわからない」という場所の見当識障害に対して、「この薬を飲めばトイレの場所が分かるようになるよ」とはならないことは想像に容易いかと思います。
そう、認知症介護の現場で主を担うのは薬物療法ではなく、非薬物療法であると私は日頃から考えて診療にあたっています。

いかがでしたでしょうか。
介護負担をぐっと重くする排泄の問題行動に光を当てて深掘りしてみました。
みなさんの想像力が、認知症の症状で困っている当事者の生活のしやすさをよりよいものにしてくれると思います。

こういった認知症患者さんがどのような世界に生きているのかを我々に想像させてくれる本をご紹介します。

認知症の方が生きる世界を、異世界の旅を楽しむように体験することができる本です。なかなか今まで、ここまで読み手に想像させてくれる認知症の本はなかったように思います。
事例に対しての解説も難しく書かずにアイコンマークで視覚的に分かりやすくまとめられていて、対策のアイデアも具体的です。
認知症ケアで使えるスマホアプリの紹介やスマホのアラームで工夫する方法など、今からでも使えるアイデアがたくさん載っています。
かなり好評なようで、NHK Eテレで番組化もされたようです。
是非、手にとって体験してみてください。

お読みいただきありがとうございました。


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