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【ふしぎ旅】道楽稲荷

 新潟県新潟市に伝わる話である。

 元禄時代、新潟の遊郭が非常に栄え、毎晩登楼するお客でにぎわった。その頃遊郭の近くに下島に湊稲荷という神社があった。
 遊郭のお客は、ほとんど新潟港へ入る船の船頭たちで、気も荒いが金使いも荒かった。
 遊女たちは、お客が帰ると「再び来るように」と油揚げを持って、この神社に参拝した。
 ある朝、信者の遊女が参拝のため、鳥居をくぐると、境内の木の根を枕にしてぐっすり寝ている男があった。
 遊女は「昨夜、もてすぎて疲れ、船に乗り遅れて寝ているのだろう」
と言って近づいて見ると、男は熟柿くさい息を吐きながら寝ていたが、うしろを見ると大きな尻尾を出していた。
 遊女はびっくりして声を上げると、男は目をあけて遊女をにらみつけ、姿をくらました。
 この男はお稲荷さんの使いの狐だった。酒色を好む道楽者で、時々人間に化けて登楼し、思い切り遊んで帰り、疲れて昼寝をしていたのだった。
 それから、このお稲荷さんを「道楽稲荷」と呼ぶようになった。

小山直嗣『新潟県伝説集成下越篇』
湊稲荷神社

 湊稲荷は、伝説にあるように新潟の花柳界にあり、遊女などにあつく信仰され、その願いも、俗世間的なものが多い。
 有名なのは、ここの願懸け高麗犬という狛犬で、狛犬が乗っている台座を回すことが出来る。
 その昔の遊女達はこの狛犬の向きを変えることによって荒天気の祈願をしたとか。

願懸け高麗犬

 晴天ではなく、荒天の祈願というと、不思議に思われるかもしれないが、伝説にもあるようにお客の大半が船の船頭、悪天候ならば、船は出せないので、遊郭に足止めが出来るというわけだ。

 また、境内のお稲荷様の足を麻ひもで結ぶという願掛けもある。
 これまた遊女たちが客を繋ぎ留めたいであるとか、町の女性達が旦那の深酒を止めるようにとかの願をかけるらしい。

願懸けされたお稲荷さま

 いずれにしても、、五穀豊穣、商売繁盛などという一般的なものでは無く、刹那的な色恋や禁酒がからむなど、庶民の細やかな願いが感じられる。 

願懸けの木

 そんな願をかける神社ならば、神様の使いであるお稲荷様も、また俗世間にまみれて当然だろう。
 というよりは、深酒して境内の木を枕にして眠るなど、よっぽどの酔っ払いであることが分かる。
 案外と、狐のせいにして、神主が寝ていたのではとも思えるが、そこまで呑気であると、昔のことながら心配になってくる。
 もっとも、そんな話が生まれるほど、新潟の花街と、新潟の港が景気がよい時代であったのだろう。
 今では、人通りも少なくなった、神社近くの繁華街を見ながら、時代の移り変わりを感じた。

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