【ショートショート】あなたの色に染まりたい

 カオリは俺のことをじっと見つめる。緊張しているのか顔色はいつもよりも白く、そのせいで口紅の色がいっそう鮮やかに思えた。
 彼女と付き合うことになったきっかけは会社の後輩だ。と言っても紹介されたわけではない。彼がある日結婚相手を探すのだといってスマホをいじっていた。興味本位でそれを横から眺めてみた。マッチングアプリだった。アプリは彼に似合いの女性を何人か選出した。その中に俺の好みど真ん中の女がいたのだ。俺も急いでアプリをダウンロードして会員になった。後輩の趣味嗜好をそれとなく聞き出し、それを俺のプロフィールとして登録した。何度か検索するうち、目当ての女がヒットした。それがカオリだった。
 アプリを通じて連絡を取り合った後、カオリと直接会うことになった。彼女はいまどき珍しいほどにおしとやかで、純粋で、古風な女性だった。迷うことなく交際を申し込み、俺たちは付き合うことになった。二人の関係は順調に進んだ。あるとき、不意に彼女が恥らいながら口にした言葉。
「私、あなたの色に染まりたいの」
それで俺は彼女との結婚を決意した。
だが、そのためにはまず処理しておかなければならない問題があった。俺は既婚者だった。といっても夫婦の間柄はすっかり冷め切っていた。ほぼ別居状態でしばらく顔も見ていない。そんな彼女へ俺は一方的に署名捺印した離婚届を送りつけた。
 妻からはすぐに電話がかかってきた。ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられた。こちらからも応戦したかったのだが、とにかく離婚届を書いてもらわなければならないとの思いからぐっとこらえた。それでも彼女の攻撃が緩まないものだから、俺は仕方なく新しい彼女ができたことを伝え結婚も考えていると告げた。妻は何事かを喚き散らしたが、あまりにも大声なので何を言っているのか全く聞き取れなかった。問い返そうと思った時には通話は切られていた。一抹の不安を覚えたものの、数日後には自宅に捺印された離婚届が返送されてきた。
 その妻が、まさか結婚式に乗り込んでくるとは。
 場内はパニックになった。来賓の前で暴れまわり俺のことを罵る元妻。それを静止させようとする式場スタッフ。慌てふためく俺の親族。面白がって動画を撮影する同僚たち。
 カオリはいまだに俺のことを見つめ続けている。気がつけばいつの間にお色直しをしたのか彼女は衣装を着替えていた。純白のウエディングドレスから真っ赤なドレスへと……。
 いや、違う。
 彼女はケーキ入刀の際のナイフを手にしていた。返り血を浴びたのだ。俺の血液がカオリのドレスを真っ赤に染めていた。
 笑える。まさしくカオリは俺の色に染まったってことだ。
 崩れ落ちる俺を、新妻は冷ややかに見下ろしていた。


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