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「できません」から見えてくる自分の可能性。 協力し合うことで成長する、私と道東のちから。 【ドット道東インタビューvol.4 須藤か志こ】

道東エリアに散らばる点と点をつなぎ、『道東』の新たな輪郭をつくることをステートメントとして掲げて活動を続けてきた(一社)ドット道東。
法人設立後、最初に実施したプロジェクト、道東のアンオフィシャルガイドブック『.doto』は累計発行部数1万部を記録。活動の中心を担ってきたクリエイターだけに留まらず、多くの道東のプレイヤーや道東に想いがある人を見える化したプロジェクトでした。

繋がりを、さらにその先へ。

ドット道東はこの春、『理想を実現できる道東にする』というビジョンを新たに掲げ、次のステージへの一歩を踏み出しました。

このインタビューは、ドット道東のこれまでとこれから、実現したい道東の未来について、メンバーの想いを綴ったインタビューシリーズです。

Vol.4は唯一の20代メンバー須藤か志こ。釧路市出身の彼女は10代から市民団体「クスろ」をはじめ、多くのローカル活動に携わってきた。大学卒業後、ドット道東のメンバーとなった彼女は他のメンバーにはない「ある悩み」を抱えている。ローカルへの関わり方や、自身の内面性についても等身大で語ってくれました。

▼救いの御手は汗をかいている

世の中には、何でも器用にこなせてしまう人がいる。
困っているときに「やりますよ。」と手を差し伸べられれば、「いいんですか、神様…」とお願いをしてしまう。

そんな神様の名前は ”須藤か志こ”。
彼女は「頼まれ屋さん」である。

「これまでの活動はどれも使命感を感じて、誰もやらないなら自分がやらなきゃ、と少し脅迫めいた気持ちでやってきました。学級会で何かを決めるときに必ず沈黙の時間ってありますよね。その時間が耐えられなくて…周りの人は、私が発言するのを待ってるんじゃないかと勝手に想像してしまって。今考えると自意識過剰なんですけど。自らやりたくてというより、そうするしか自分に選択肢がなかったんです。」

実のところ、神様の「やりますよ。」は「やったことないけど、私がやらなきゃ誰がやるんだろう。この場を平和にしたい。ああ、でも不安だな。やりますよ。」である。

迷える民を救ってくれるのは神ではなく、真面目で懸命な人間なのだ。

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須藤か志こ|1996年生まれ、釧路市出身在住。釧路工業高等専門学校在学中に『市民団体クスろ』に参加。在学時には釧路高専初の女性学生会長になるほか、フィンランドに半年交換留学。地元メディアのラジオ局『FMくしろ』で16~21歳まで学生パーソナリティーを勤める。高専卒業後、公立はこだて未来大学に編入。卒業後は『一般社団法人ドット道東』に加入。
執筆者
磯 優子|釧路の市民団体「クスろ」の元メンバー。1989年生まれ、釧路町出身在住。現在は釧路でデザイナー・イラストレーターとして活動するほか、高校の美術非常勤講師を勤める。2016年、クスろに加入。2019年、個人の仕事に専念するため脱退。あまり表には顔を出さず、じんわりとクスろを見守る。須藤さんのことは「かしちゃん」と呼んでいるのだが、冒頭で「神様」と書いてしまったばかりに気軽に呼んではいけない気がしている。

▼ローカルイライラ少年期

須藤か志こ、名前からしてインパクトがある。誰もが一度は「本名ですか」と尋ねるだろう。本名です。

彼女がローカルに興味を持ったのは16歳の頃。
本人が望んでというより、偶然ボランティアに参加することになるのだが、どうやら当時の体験は苦い思い出になっているようだった。

「父親が釧路のイベント『霧フェスティバル』の運営に参加していた時期があって、イベントの学生ボランティアに参加したのがローカルに関わりはじめたきっかけです。この時に学生ボランティアで1年間のラジオ出演枠をいただいたんですけど、結局どんどん人が減ってしまいラジオは私ひとりに。他のメンバーの無責任さに怒りを感じていて…ボランティアだからしょうがないと思いつつも常に何かに苛立っていました。」

高校から大学の多感な時期に、チームでまとまるというのは難しい。部活動ならまだしも、ボランティアは志ありきの活動だ。言ってしまえばいつでも抜けることが出来るため、使命感がなければ存続は困難だ。彼女は幼い頃から使命感が強かった。だからこそ、どうにもできないことが許せなかったのだ。

▼ローカルモヤモヤ青年期

彼女は苛立ちを抱えたままボランティア活動を続けていたが、
19歳の春に市民団体「クスろ」に出会う。

「クスろのメンバーが本気で釧路を想って熱く活動していることに感動して…こんな人達がいるのかと。単純に眩しかったです。出会って少し経ってから加入を決めました。クスろは自分にとって特別な場所です。」

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▲クスろのイベント「グローバルブイブイマーケット」での1枚

自分より10歳ほど上の大人たちが、明るく真剣にまちづくりに取り組んでいる。その姿を見て心が動かないはずがなかった。彼女はクスろに加入して一層「釧路の街を良くしたい」という思いが強くなる。しかし、具体的に「街を良くする」とは何なのか。

彼女は高専を卒業間近で今後の進路に悩んでいた。
クスろの活動はこれまでボランティアでやっていた事とはまた少し違っている。ソーシャルデザインの要素が大きいことがわかってきた。学ぶべきことは「デザイン」なのだろうか…。そして、クスろの先輩である名塚ちひろさんに相談をする。

「デザインを学ぶべきか悩んでいたのですが、自分は絵を描いたりつくること自体にはあまり興味が持てなかったんです。でも『考える』ことは好きだった。これはちひろさんも同じだったみたいで。ちひろさんはデザイナーとしてのキャリアを持っているから『絵が描けなくてもできること』のアドバイスが腑に落ちる事が多くて、話しているうちに『ソーシャルデザイン』なら自分にもできるかもしれないと思ったんです。そして、ちひろさんの母校でもある公立はこだて未来大学に進学を決めました。」

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▲大学在学時に参加した卒業研究展覧会にて

▼鶴の一声でUターン

彼女は公立はこだて未来大学に3年次編入し、ソーシャルデザインを2年間学ぶ。そして大学卒業間近……ますます進路に悩んでいた。

「大学4年でいよいよ就職活動になり、釧路のことはずっと気になっていたけど、今の状態で帰ってもどうしようもないんじゃないかと思っていて。東京の企業を中心に面接を受けに行ってたんです。デザイン学科なら制作物とかを見せるんですが、私はワークショップが中心だったので、モノとして見せられるものはなくて『クスろ』での活動をポートフォリオにしていたんです。あるとき、東京のとある企業の面接で『須藤さんは釧路に帰りそうだから、東京で就活せずにUターンした方がいいのかもよ』とアドバイスを受けて。これは遠回しな不採用通知だったんですけどね。でも、この出来事がきっかけで『ひとまず釧路に帰ってみるか!』と決心しました。」

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こうして彼女は釧路に戻ってくる。
そして、大学在学中から関わっていたドット道東に本格的に参加することになった。

▼新卒の玄人

突然だが、彼女は立ち振舞いが上手い。

学生時代から大人と仕事をする経験が多かったこともあり、SNSの発信や記事の執筆、スケジュールの調整、関係者への連絡など細かな雑務まで、なんでも器用にこなしてしまうため、いつの間にか「頼まれ屋さん」になっていた。

ドット道東への加入は、クスろの名塚さんからドット道東の前身になる『道東誘致大作戦』というイベントに誘われたのがきっかけだった。これもやはり「手伝ってほしい」の声に「やりますよ」と答えた結果だ。

ドット道東は道東に暮らす離れた土地のフリーランスがリモートを中心に組織として活動する団体だ。ドット道東の理事メンバーとはクスろと同様、おおよそ10歳ほど歳が離れている。

「大学卒業から数ヶ月経ち、ドット道東で活動し始めていたんですが、ある日拓郎さんに『みんなの意見が違うから、やりづらかったでしょ?普通の企業みたいに、近くで仕事をみてあげられなくてごめんね。』とフォローされたんです。そういえば、自分は法人企業に入るのは初めてだったんだと気が付きました。」

これまで様々なプロジェクトに関わってきたが、このとき彼女は社会人1年目。これが彼女の悩みでもあった。

▼働き方のニュースタンダード

社会人1年目といえば、世話役の上司がいて、その上司の仕事の方法論や振る舞いを直接見て学び、コピーをしながら自分なりに成長していくものだ。しかし、彼女にはやり方も発想も違う個性的な上司が4人いて、全員とオンラインで繋がりながら、誰も側にはいないのだ。

「普通の会社であれば、方針は一つしかないと思うし、その会社独自のコミュニケーションのマニュアル的なものがあると思うのですが、ドット道東は、ある意味会社として必ずこうしなければいけない、こうすべきだ、という指針がないところが、いまの自分にとっては勉強になるところです。誰かの意見に偏ることなくフラットに全員の仕事ぶりを知ることでプロジェクトの全体を俯瞰して見ることができて、自分には合っているのかなと思います。近くに先輩がいないことの悩みもあるけど、いろんな人からアドバイスや意見を聞いて、それを組み合わせて自分の意見や行動を作り出すことができるようになっているのかなと思います。」

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▲釧路市で経営会議をしたときの1枚(撮影:原田啓介)

リモートワークを中心とした組織がこれからのスタンダードになっていく可能性は大いにある。ひとりの新社会人が多彩なフリーランスの元で成長しつつあることに驚いた。ドット道東は、間違いなく新しい働き方で人を育てている。

▼「できません」を言える私に

ドット道東での仕事は、なかなか直接会うことができないからこそ、現場の機会をとても大事にしている。これまでに彼女も先輩たちの打ち合わせにいくつも同席してきた。クライアントに会うのも、先輩の仕事ぶりを見るのも現場限り。一度の打ち合わせで得られるものを懸命に吸収している。

「今までは何かを頼まれたときに『それはできない』と言うことにためらいがあったんです。でも、先輩たちの働き方を見て、できないことは無理にやるよりもより良くできる人に、頼っていけばいいんだと素直に納得できたんです。そうすることで、自分のやれることが増えることも知れた。素晴らしいスキルを持った人が道東にはたくさんいますからね。」

人に頼ることは少なからず勇気がいる。いつも頼られる側であればなおさらだ。しかし、人はひとりでは生きていけないように、何もかもひとりでやり遂げる必要はないのだ。
『ドット道東』はスキルのある個々をつなぎ、共同体にしていく取り組みだ。以前までは、使命感に囚われていた彼女だが、個人が協力し合うことで、すこしずつ自然体で活動できているようだった。

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「私の性格上、頼まれた以上は周りに失望させたくないし、自分も失望したくない。それはあまり変わらないのだけど、昔は100点を取ろうと自分を追い詰めていた分、最近は80点をどう出すか。私生活でも、60点、せめて40点でもいいかな、と思えるようになってきた。今後の目標とか言えたらいいんですけど、今はまだ先を考える余裕はありませんね。」

彼女はドット道東で、今自分ができることに真摯に向き合っている。懸命に働いていればいつしか200点を取れるようになる可能性だってある。もちろん、その点数をつけるのは他人ではなく自分自身だ。今後、彼女が納得のいく仕事ができるようになるのが楽しみだ。

今日も誰かが彼女を頼る。そして、彼女も誰かに頼るのだ。

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ドット道東は、「理想を実現する道東にする」というビジョンを掲げ、「1000人の道東の理想を載せたビジョンブック」を出版する新たなプロジェクトを開始しています。

取材:磯優子(文編図工室
写真:﨑一馬

▼ドット道東メンバーインタビュー記事 #道東の未来 はこちらから


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