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「今日もコピーが書けません」第9話:WEB代理店にジョインですです

コピーライターのPは迷っていた。10年勤めた中堅広告代理店を辞めて、外資系の代理店へ行くか、WEB系の代理店へ行くか、それとも独立するか。まるでLIFE CARDのあのCMのように、3枚のカードを見比べながら。どうする?どうする?

「このチームにジョインできて、とても嬉しいです!」同じ中途入社のメディアプロデューサーの女性はギャルのような見た目とは裏腹に、しっかりとした口調でそう言った。WEB代理店への入社を決めたのは、長らくTVや新聞などの、いわゆるオールドメディアを扱う職場にいたので、いちどデジタルにどっぷり漬かってみたかったからだ。しかし、ジョインか…このノリについていけるだろうか。

「Pさん、それじゃアラリでなくないですか?」配属されてすぐにチームを持たされる。WEB代理店の平均年齢は若く、Pは5名のチームの長になっていた。さっきから若手のプランナーがよく分からないことを言ってくる。「ごめん、アラリってのは何?」「だから、この制作会社に発注すると、粗利が出ないから、数字が積み上がらないでしょ?」なんだ、金の話か。

同じ広告代理店なのに、ドメスティックな国内広告代理店とWEB代理店では、大きなカルチャーの違いがあった。そもそも「広告」に興味があるか、あくまでWEBやITといった業界で、手法は問わずのし上がっていきたいか、という差である。

入社1年目の営業からチャットが飛んでくる。「プレゼンお願いしたいんですが、3日後っていけますか?」殺してやろうか。通常、映像のプレゼンや企画作業は2週間は欲しいところだが、WEB系の仕事のスピードはそんなタイム感では動いてなかった。「少なくとも1週間は欲しい」そう返すと、「いいね」のスタンプが押される。こいつ、1年目だよな。

たまらず喫煙室に行くと、大手広告代理店から転職してきていたクリエイティブ・ディレクターの先輩であるAさんがいた。数少ない「古き良き代理店カルチャー」を共有できる相手に、どこかほっとしながら話しかけた。

「Aさん、この会社の営業どうにかなんないですかね?」「う〜ん、そうだねえ、僕も昨日、明日までに来期のクリエイティブ提案して欲しいって言われて断ったよ」「カルチャーの違いとはいえ、スピードが早すぎて…」「でもそうやって成長してきたという事実もある。若手の営業に大きな仕事を任せて、スタッフがこうやって叱りながら、育てられる。本当に事故りそうな時だけベテランの営業が出てくる。クライアントからしたらたまったもんじゃないけど、経営としては見事なものでしょ?」「そんなもんですか」「クオリティの高い仕事をするんじゃなくて、最短で会社を大きくするには、ちょっと足りないくらいのスキルの社員で回すのが一番だからね」もしかして、選ぶカードを間違えたのかもしれないな、と思いながら、Pは煙を吐き出した。

社内のカフェにはバリスタがいて、オススメのドリンクを安く販売してくれる。「Pさん、顔が暗いですよ」「わかる?ちょっともう疲れたよ」「じゃあ、ジンジャー入りソーダとかどうですか?コーヒー以外も始めたんですよ」福利厚生や環境がいいのはありがたい。それに、WEB周りの情報が常にアップデートされるのも、こういう会社の利点だろう。

「というわけで、COVID-19でテレビ局でのスタジオ撮影が進まない中、我々としては日本の芸能界に配信動画を始めてもらうため、大がかりな予算を確保しています。ぜひこちらの会社とタッグを組んで進めさせてください」世界最大の検索会社、つまり、世界最大の広告会社のバイリンガル社員がそう説明した。

どうやら芸能事務所にもお金をかけてアプローチしているようだ。費用、つまり、制作費は持つからチャンネル開設して欲しいと。そこに目をつけたこの会社は、かつて、日本のテレビ局の番組枠を独占して日本一の広告代理店になった会社のように、配信チャンネルの広告枠を独占しようと動いていた。

それだけじゃない。この会社は、流通にもメスを入れようとしている。TVCMは、半分は視聴者に向けてだが、もう半分は流通、つまり、スーパーマーケットやコンビニの「棚の確保」のために流している。しかし、バイヤーも馬鹿ではないので、CMを流すからといって商品が売れるわけではないことにも気づいている。そこに目をつけて、流通の近くを通るユーザーに動画広告を配信するシステムをつくり、流通も巻き込んだ会社をつくるなど、ダイナミックな動きで、この業界のゲームバランスを変えようとしていた。

レコード会社から転職してきたというキャスティング部のSと飲みに行った時にこっそり見せてもらった芸能界勢力図というパワーポイントには、芸能界の力関係と、それぞれの会社がどの裏社会とつながっているか、などが一覧になっていた。「こんなものを絵にして大丈夫なの?」「見つかったら殺される。ここだけの話ですよ」「わかったよ。うちの会社は何を狙ってるんだろう?」「タレントのバーチャル化」「バーチャル化?」「3DスキャンしたバーチャルタレントでCMを大量生産して、AIでセリフやパターンを無限につくる。そして一番効率のいい広告を自動で検証し続けるって感じですね」「なんかクラクラしてきた。もしかしてそのためにこの会社に転職してきたの」「ですです」

とにかくスピードが早すぎる仕事に忙殺されていると、社内のAI担当役員に声をかけられる。「ちょっとコピーについて教えて欲しいんだけどね」会議室に移動して話を聞く。「コピーというのは、どういうアルゴリズムで書いてるんだろう?」「アルゴリズム?ですか?」「そう、AIでコピーも書いてもらおうと思うんだけど、どうもTCC年鑑なんかを見ていても、商品の販売やクリックに結びつくデータとは思えなくてね。アルゴリズムがわからないというか」「そうですね…まずは誰に向けて考えるのか、何が課題なのか、どんな未来がくれば、この時代においてブランドが魅力的に見えるのか…」「ちょっと、ちょっと、パラメータが多すぎるよ。それに定量的じゃないね。そんな要素を一行に?」「それが面白いところですかね」「う〜ん、また別のアプローチにするか…。参考になったよ、ありがとう!」

まるでアンドロイドのような笑顔を見せて、その役員は去っていった。なんだかどっと疲れて喫煙室に避難する。そこにはAさんがいた。この人はずっといるんだろうか。「AIに疲れました」「そうだろ、あれはロジックでできているから疲れるんだ」「どういうことですか?」「人の心はロジックだけじゃないってことだよ」「はあ」「世界中の環境問題を訴えて多額の寄付をしてるミュージシャンBと仕事をした時、海外の撮影を終えて帰国したらそこには仲良しの出版社の社長が待っててさ、音楽家はこう言ったんだ」「なんて言ったんですか?」「女用意して」「え?あのBが??」「そういう世界で生きてるってことだね。環境を守ることと女性をモノのように扱うことが矛盾しない精神の世界に」「それって、西側諸国が決めたポリコレに従うAIじゃ出せないアウトプットですね」「そうだね。その出版社の社長に言われたことがあるよ。『Aさん、大成できる人ってのは幼少期めちゃくちゃ貧乏だったか、めちゃくちゃ金持ちだったか、どっちかです』って。極端な欲望や渇望とそれを達成できる傲慢な精神性、そういうものがないとAIには太刀打ちできないかもな」「俺自信ないです」「疲れてるんじゃないか、AIにはできない技を持つ先生に見てもらう?」「先生?」「この土地で数多くのエンジニアの体を治してきたゴッドハンドW先生だ。この名刺をあげよう。」そこには、飾り気のない文字で、『Hカイロプラクティック』と書かれていた。

「う〜ん、今の仕事、向いてないかもしれませんね」W先生は体を触って5秒でそう言った。「そんなことまで分かるんですか?」「あなたは、いい仕事がしたいのであって、いい会社にいたいわけじゃないでしょ?」言われてみればそうかもしれない。「それに会社の成長にも興味がない」はい、その通りです。「そもそも、何かの組織への所属意識が限りなくゼロに近い。そんな人は会社組織にいちゃダメよ」なるほど。

驚くほど軽くなったカラダで、スクランブル交差点を歩く。最初に入った中堅広告代理店のことをふと思い出す。経営はダメだったが、いいチームでいい仕事ができた。アラリの心配ではなく、目の前の仕事のクオリティに集中できたのがよかったのかもしれない。そろそろこの会社も潮時だな、と思い、そう考えた瞬間に、Pの肩はさらに軽くなっていた。

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