頭のネジを落とした。
朝、起きた時にネジ吉は、自分の頭からネジがなくなっていることに気がついた。
後頭部、つむじのやや下あたりにポッカリと穴が空いていた。完全にネジが外れなくなっている。
慌てて立ち上がり、布団の周りやテーブルの下、冷蔵庫に下駄箱、クローゼット、溜まったゴミやネズミの口の中、猫の尻の穴まで隈無く探したが、どこにも見当たらない。
ネジ吉は部屋の中にない事が分かると、パジャマを脱ぎ、破れたジーンズだけ履いて、街に出た。
上半身の皮膚に当たる風の方向に歩いてみる。ペタペタ、足の裏の感覚でコンクリートの上にネジがないか探りながら歩く。辺りを見回しながら、足の裏を集中させて歩く。けど、砂利や金平糖にギターのピックばかり。
やがて、釘バットを持った魚屋さんがネジ吉に駆け寄ってきた。
「あれ、ネジ吉!扇風機が左回転!!。」
魚屋さんは、たまたまネジ吉の横を通り抜けたどんぐり男の脳天に、釘バットをフルスイング。割れたどんぐりの中から赤ちゃんの「オンギャオンギャ。」という泣き声がした。
「魚屋さん、僕のネジ知らない?。」
「ネジ吉!電流はな!地面から豆腐に粘土粘土!!。」
魚屋さんは、釘バットから一本釘を抜き、火をつけた。その後、割れたどんぐり男の中から、ステレオタイプのネジの赤ちゃんを取り出して、火を消した。
「コントラバスともつ煮込みの中央分離帯。」
魚屋さんは、ステレオタイプのネジの赤ちゃんを抱えて、どこかに消えた。チョコレートで足跡ができていたが、ネジ吉は後を追わなかった。
「ネジはオンギャオンギャ泣かないしなあ。」
ネジ吉は、歩き始めた。
しかし、自販機の下や溢れかえったスマホのゴミの中、ガラス越しの溶けたマネキンを見ても、どこにもネジ吉のネジは落ちていない。試しに、ペットボトルのゴミ箱に両足を入れてみたが、見つからなかった。
ゴミ箱から足を抜いている時、赤いランドセルを担いだ初老の蒸気機関車に肩を叩かれた。
「探し物?。」
ネジ吉は、怪訝な顔を見せながら頷いた。
「頭のネジを落としたみたいです。」
蒸気機関車は、赤いランドセルをネジ吉の前に下ろした。
「この中にあるかもしれない。」
ネジ吉と蒸気機関車は、赤いランドセルの中を除いてみた。中は、一言一句同じことしか書かれていない本が五冊と、溶けた片栗粉が入った注射器とグレープ味のまずいモーターだった。
「ごめんね。なかった。」
そういうと、中の物を全て燃やし、汽笛を鳴らすと、来た道を戻っていった。
ネジ吉はもう歩き疲れたのか、その場にしゃがんでしまった。そんなネジ吉を誰かが見ていた。視線を感じたネジ吉は顔を上げると、目の前に電柱をかじり続ける女がいた。
女はただひたすら電柱をかじっていた。
「ガジガジガジ。」
ネジ吉に声をかけるように音を立てている。
「ガジガジガジガジガジガジ。」
「頭のネジを落としたんです。」
どうやらネジ吉は会話ができるらしい。
「ガジガジガジガジ。」
「え。」
「ガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジ。」
「本当ですか?。」
「ガジガジ。」
「ありがとう。」
「ガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジ。」
どうやらネジ吉はネジの場所を教えてもらったらしい。お礼に電柱をかじった。味は牛脂で、ほんのりシトラスと革ジャンの香りがする。
ネジ吉は電柱をかじる女が教えてくれた場所に行く。そこは、ドロドロのゲームセンターが入った木造のコンビニで、その中に、ボンネットに突き刺さったサラリーマンがいた。
「僕のネジ知りませんか?。」
「ネジ?。」
「頭のネジ。」
「ああ。」
サラリーマンは、口に指を突っ込んだ。二、三回嗚咽をすると、大量のおもちゃを吐き出した。
30分ほど待つと、おもちゃのゲロは止まった。
「この中に確かあったんだよな。トンカチの説明書見ながら、ヤクルト飲んでたからさ。」
サラリーマンはおもちゃのゲロの山をかき分ける。ネジ吉もそれを手伝った。何時間か探すと、ネジ吉の足の裏にネジの感覚があった。拾ってみると、少し粘ついてるが確かにネジだった。
「これですか。」
「それそれ!付けてあげるよ。」
サラリーマンはネジ吉の背後に回って、ポッカリ空いた穴にネジを付けた。
すると、あたりの風景が一気に変わり、街が均等に整列され、ドロドロのゲームセンターが入った木造のコンビニも、ただのコンビニになった。
街を歩く人は、にこやかに歩き、通り過ぎる人には元気よく挨拶する。コンビニのお客さんも全員が礼儀正しく、丁寧に会計を済ませている。ガラス越しに見える働く人々も元気で、やる気に満ち溢れていた。学校に通う人々も、笑い合い、恋し合い、涙を流し、学問に励んでいる。空は澄み渡った青空で、雲は汚れがない。宇宙から、健やかなエネルギーと共に太陽から光を照らしていた。
ネジ吉は、ネジを外した。それを、サラリーマンになげた。
「これは僕のじゃないよ。」
サラリーマンは、じーっとネジを眺めていた。
「そうなの。でもいいじゃんこれで。」
「僕のネジはもっと汚いから。」
「ふーん。」
サラリーマンは、おもちゃのゲロの山にネジを投げた。やがて、サラリーマンは車に飲み込まれ、その車は木造の壁に吸い込まれていった。
ネジ吉はその場を後にし、道路に出た。ちょうどそこは交差点だったので、真ん中に立った。
ネジ吉はポケットから鉛筆を出して、交差点の真ん中に立てた。ネジ吉はその真上から息を吹きかけると、10センチ浮いた。
「とりあえず左に行こう。」
ネジ吉は左の道路に足をすすめた。そのネジ吉の横に、ゼリーと牛をパンパンに詰めた車が通り過ぎた。ネジ吉はその車に向かって、叫んだ。
「おーい!僕のネジ知りませんか!!。」
ネジ吉はその車を追いかけるように走り始めた。
ネジ吉はどんどん遠くにいき、私はネジ吉を数ミリほどにしか確認できないところまで行ってしまった。
ネジ吉を四六時中見ていると、なんだか肩が凝る。肩を叩くと、私の後頭部から何かが落ちた。
拾ってみると、それはネジだった。
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