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カメムシとサイドミラー

ゴールデンウイークなので車で出かけていると助手席の妻が「うおぉっ!」と声をあげた。

目線の先にはサイドミラー。
そこに乗車を許可していない緑色の奴がいた。
カメムシだ。

お主、いつの間に。

風の抵抗を全く受けない位置にしがみついて離れない。前世は流体力学の研究者か。

このままではいけない。と
信号待ちの際にドアのリモコンでミラーを動かしてみた。カメムシが飛んでいくように促す作戦である。

流石にカメムシも「おっとっと」といった感じで移動していく。

いいぞ、その調子だ。

さぁ飛べ。

あたりは山道。

お前にとっては最高のロケーションだぞ。

いよいよ飛ぶかと思ったその時、カメムシが予想外の行動に出る。

「おや?」といった感じでサイドミラーのカバーとミラーの隙間を覗いていた。

待て。そこには暗闇しかないぞ。

カメムシは隙間に頭を突っ込んでいる。

いや、だから待てって。

ちょ、ちょ待てよ。

あー、待て待て!

おーい…

奴は無情にも暗闇の中に吸い込まれていった。


バカやろう!!!!!!



青になった信号に従い、車を走らせた。

見事。サイドミラー(カメムシ内蔵型)を搭載した車の誕生である。

だが、頭の中では常にカメムシの安否、いやサイドミラーの安否が気になっていた。

どうやって奴を外に出すか。

それを考える目的地までの2時間でずっと考えていた。

俺のゴールデンウィークを邪魔しやがって…

でも待てよ。2時間も運転していたらさすがに自力で出て来て飛んでいくんじゃないか?

サイドミラーの中ってなんか暑そうだし。


目的地に着いた。

サイドミラーの隙間から中を覗く。

暗すぎて何も見えない。

気配もしない。

もしかして本当にいなくなったのではないか。

ミラーを動かすリモコンを押してみた。

ウィーーン…


くさい!


うわぁ…いる!

確実に中にいる!

中で多分びっくりしてる!


絶望した。

こいつ、2時間もドライブ楽しんでたのか。

俺はこのカメムシの縄張りを大幅に広げた人間として罪を負わなければならない。

早くこの中からカメムシを追い出さなければ…

歴史を勉強していてよかった。

かの豊臣秀吉公が得意としていた「水攻め」

これを俺がやるしかない。

サイドミラーの中に大量の水を流しこみ、中のカメムシを外におびき出す作戦だ。

水が苦手なカメムシはひとたまりもないであろう。

さぁ、ホースの準備はできたぞ。

出てくるなら今のうちだ。

ミラーをコツコツと叩いて最後の情けをかけてやった。


クサイ


野郎…


そっちがその気なら容赦しねぇ


くらえ!!!!!


ホースから大量の水が噴射された。


サイドミラーの中に流れ込んでいく。


あああ!


くさい!


クサイって!!


歯向かうなって!!!


くさい!!!!!!

くさーーーーい!


全然出てこない。


このカメムシ、ただものじゃねぇ


5分くらい格闘した。


水VS悪臭

人間VSカメムシの大戦(おおいくさ)が行われた。

もう流水では無理だと思った。

ここからは頭脳戦である。

サイドミラーの隙間を手で覆い、水を流し込むことにした。

溺れさせるしか…ない…

非情な選択肢をとるしかなかった。


「御免!」


そう言って水を流し込んだ。


するとわずかな隙間から


「勘弁してくださいよ〜」


といったカメムシが隙間から出てきた。


本当に人生で初めて…

人生で初めて…

カメムシに出会えて嬉しかった。

なんだこの気持ち。

べ、別に。喜んでねぇし。といった態度でカメムシを見た。


だが、戦国時代も最後は敵将の首をはねなければならない。


この一帯は茶色のカメムシしかいない。

もし、この緑色のカメムシを見逃したら、この辺りに緑色のカメムシを繁殖させた人間として俺が首をはねられる。

これだけは必ずやり遂げなればならない。

俺は動揺していた。

「そ、そこにいろよ」

そう言って

捕獲用のガムテープを取りに行った。

決してカメムシに逃げるチャンスを与えたわけではない。


戻ってくると奴はいなかった。

「ちくしょう!あいつめ…」

でもなぜだろう。俺の顔は笑っていた。

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