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スイカバーのてっぺん、青い味

出会いというのはわたしの前に突然現れる。そこから肩書きができてうまいこと続くかあっけなく途切れたりする。理由があってもなくても。
だいたいはその2択だけれど、たまに、記憶のなかだけでずっと生き続ける出会いもあったりする。
そのひとつを思い出すことがあったから、それがなんだかすごく忘れてはならないことのような気がしたから、ここに遺しておく。


2018年、16歳、高校2年生。わたしは静岡県にある富士山の麓のちいさなまちに住んでいた。
夏、好きなバンドが解散を発表した。チケットが何度か当たっては行けずを繰り返していたらこんなことになってしまった。あーあ。

最初で最後になる公演は絶対に行こうと決めた。まわりに同じようにバンドを好きな友達はいなかったけれど、どうしても誰かと一緒に行きたくて、どうしようもなくなるって分かっていた感情を分かちあいたくて、2枚のチケットを奇跡的に勝ち取った。

Twitterで音楽垢みたいなのを当時やっていたのでそこで同行者探しをした。解散ライブというのもあって、「Shout it Out チケット」って検索すれば求めている人は山ほどいた。でもこの人は怪しくないかな〜とか転売ヤーじゃないかな〜とかそういうので結構苦労した。
最終的に相互でもなんでもないまったく知らない女の子と一緒に行くことになった。

その子のこと、あんまりどころかかなり覚えていない。連絡先もない。名前も住んでいる場所も、他になんのバンドが好きかとか将来の夢とか、ふたつくらい離れていたような気がする歳も上だったか下だったかさえ覚えていない。本当に全然覚えていない。
でもなんでだろう、不思議、はじめましてをしたあの日にひとくちくれたスイカバーの味とかそういうの、めちゃくちゃはっきり鮮明に、切なくなるくらい覚えている。
今回忘れたくなくて綴ろうってなったのはきっとこのあたり。



2018年8月10日。ライブ当日。
ドが3つくらいつく田舎から東京までお父さんが車を運転して送ってくれた。あの日のわたしには交通手段がこれしか無かったから本当にありがたかった。
助手席にはお母さん。ライブの間、両親は映画でも観に行くと言っていた。どんなデートしたんだろう。

渋谷のh&mでおろしてもらった。あまりにも田舎者丸出しの服装だったもんだから、入店して即出た気がする。顔が熱かったのも、なんか覚えてる。
会場のduo MUSIC EXCHANGEまで歩いた。何時くらいだったかなあ、夕方だったかなあ、白・黄・緑がぜんぶ淡く同居している感じの色の空気だった。夏にしてはやさしい匂いの色。

グッズを買ったあと同行者の女の子を待った。
事前に交換したLINEでちょこちょこやりとりしながら待った。
「髪は下でふたつ結び、サロペット、Tシャツ」今日の服装を送って待った。

そういえば、ついこの間LINEの友だち一覧を何気なく眺めていて「これだれだ?」となって消したのだが、それがもしかしたらその子だったのかもしれない。そうだと信じて、以下その子のことを「さえちゃん」とする。

開場時間の1時間前にさえちゃんはやってきた。「はじめまして〜!」からの2ターンくらいのテンプレラリーをして、わたしたちは歩き出した。
夏だったし外はまあまあ暑くて、アイスを求めて自然と足はコンビニへ向かっていた。
セブンかローソンでわたしはアイスボックスを、さえちゃんはスイカバーを買った。
さえちゃんがあの日着ていたTシャツの色がもっと明度高ければスイカバーに似ていたのに、みたいなどうでもよすぎることを考えていた。
スイカバーが好きだと言って迷わず手に取っていたさえちゃんにわたしは、
「わたし、スイカバー食べたことないんだ」と言った。「えーなんで?」「スイカが嫌いだから」って会話もした。
「スイカ!って感じの味じゃないよ〜美味しいよ」って言いながらさえちゃんは慣れた手つきでパッケージのはしっこのギザギザを縦に裂いた。
さえちゃんが取り出したスイカバーを見て「配色は好きなんだけどなあ」とか思っていたら、「ひとくちあげる」とさんかくのてっぺんをわたしに差し出してくれた。
自分が好きなもののひとくちめを、会って数分のよくわからんやつに、しかも「嫌い」とか言ってる失礼なやつに譲ってくれるなんて、さえちゃんは優しいひとだなって思った。
しゃくりとかじった赤い頂の味はつめたくて甘くて想像以上に美味しかった。たぶん絶対買わないだろうけど自分で買うより美味しかったんじゃないかなあと思う。


会場に戻ってきて紙のチケットとお金とをさえちゃんとこうかんこした。
そのときに「あ、そうだこれ今日はよろしくねのあれで」と言ってわたしはじゃがりこをさえちゃんに渡した。
パッケージに黒マジックでいろいろらくがきしたりしたやつ。
今だから思うんだけども、はあ、なんで静岡っぽいおかしにしなかったかなあ。じゃがりこって嫌いな人あんまりいないイメージあったからそういう理由で選んだ気がするんだけれども、絶対ミスだったと思う。かさばるし。北海道ザンギ味だったし。
でもさえちゃんはやっぱり優しいから、ありがとうって笑顔で受け取ってくれた。

ライブフォトだったから音のこっていて
6年越しに泣いた

開演。「嗚呼美しき僕らの日々」の文字だけで目が潤んだ。メンバーがステージに現れたとき、解散のことなど忘れて、やっと会えたことが嬉しくて涙が出た。
出会ったきっかけの曲、スマホをまだもっていなくてCDでたくさん聴いた曲、友達に貸したアルバムの曲、失恋した日の帰り道に泣くのをこらえながら歌った曲、1番好きな曲。
意識的に歌詞を覚えようとしてきたわけでもないのにぜんぶぜんぶ口が動いた。一緒に歌っていた。
ぎゅうぎゅう詰めの箱でもみくちゃにされながら、倒れないように必死にふんばった。手を挙げて拳を突き上げて声も張ってあの場にあったすべてを身体の中に取り込んだ。かわりに、これまで彼らと共にあった思い出すべてを感謝の気持ちと一緒に投げた。言っていいか分からない「淋しいよ」って本音も少し混ぜてぶつけた。
暑苦しい人の海に飲まれながらちょっと離れたところにいるさえちゃんを見つけた。波の隙間で「たのしいね」「うん、たのしいね」って目で会話した。
気づいたら波を乗りこなして最前列までやってきていた。

ファンみんなでこの部分を大合唱した

アンコールも終わったあと、またメンバーがステージに戻ってくることを願って「鳴り止まない」のサビをみんなで歌った。
戻ってこないとわかっても、わかっていても泣きながら歌った。泣きすぎて目がじんじんした。

気がすむことはないけれどあきらめて会場をあとにする人たちがちらほら出てきて、わたしもさえちゃんと「そろそろ行く?」ってまた目で会話した。

空いてきた会場の後ろのほうでぼーっとしながら一緒に写真を撮ったり語り合ったりした。
さえちゃんに渡したじゃがりこもわたしたちと同じように人の波にさらされてしまったので箱がぼっこぼこのべっこべこになっていた。やっぱりこれ選んだの絶対にミスだ。

ぼっこべこのじゃがりこ

「ありがとう」「こちらこそ本当にありがとう」ハグをしてさえちゃんとバイバイをした。
お母さんから「ここで待ってるね」と送られてきた場所までゆらゆら歩いた。涼しくて気持ちよかった。

帰りの車でさえちゃんに「またね」とLINEしたり両親にいろんな話をしたあとぐしゃぐしゃになった紙のチケットを握って眠った。


あれから「またね」がくることはなかったけれど、それで良かったのかもしれないとも思う。あの日はわたしの人生の中で忘れたくない日のひとつで、でも眩しく消えちゃいそうな脆さも持ち合わせていて、それが相応しい気がした。
ふたりで撮った写真の中のさえちゃんの笑顔を見るとすこしぎゅっとなってしまうけれど。

上書きしたくなくてあれから6年くらいスイカバーは食べていない。今年の夏は食べてもいいかなあとか思う。大人になったいま、何色の味がするんだろう。

さえちゃん(かどうかわからないけれど)、元気にしていますか。この日のこと覚えてくれていますか。
わたしは今もShout it Outが大好きだよ。

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