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気づいてよ、バカ......

「私……恋してるみたい」


私は今、恋をしている。

彼のことを見ていると胸が苦しくなるし、四六時中彼のことを考えてしまうし。

それを、友達に相談したんだけど……


「えぇ!だれだれ!!!」
「三組のあの野球部のエースの人とか?」

「うぅ……」

圧が強いというか、急に眼の色が変わったというか。


「教えてよ~!」
「きになるな~」

私が相談したのは、同じクラスで親友とも呼べる姫奈と瑛紗。

……相談する人を間違えたかもしれない。


「だ、誰にも言わないでよ……?」

私が想いを寄せるのは、私がマネージャーを務めるサッカー部の後輩くん。

二年生ながら部のエースで、気が利いて、だけどちょっとなまいきで。

プレーしてるときの真剣な顔と、普段の子供みたいないたずらな笑顔のギャップが私の胸を締め付ける。


「へぇ……。あの子かぁ!」
「アタックしちゃえよ~」

「あ、アタック!?無理無理無理!!!」


顔が熱くなる。

多分、耳まで真っ赤。


「わ、私、部活行かなきゃだから……!」

私は逃げるように教室から飛び出した。




・・・




「ファー空いてる!」

蹴り上げられたボールが夕空を舞う。

私は、活気あふれるみんなの声を聞きながら、ジャグの中身を補充しに行っていた。


「うーんと、このくらいでいいかな……?」

水をたっぷり入れてから、ふたを閉めてジャグを持ち上げる。

しかし、満タンのジャグはとてつもなく重い。

私では持ち上げるので精いっぱい。

それなのに歩こうとした私はよろけて、倒れ……

そうになった私は、誰かに肩を支えられて何とか持ちこたえた。


「あぶないっすよ、中西先輩」


左手でジャグを、右手で私の肩を支えるのは、サッカー部の後輩でエースの○○。

二やついた顔で私を見る。


「ありがと」
「先輩、力ないんすから、無理しないでくださいよ」

「なまいき!」
「ジャグ、俺が持ちますよ」

○○は軽々とジャグを持ち上げて、グラウンドの方へ向かう。

口ではなまいきなこと言うし、私のこと舐めてるような態度。

そんな○○が身を翻し、私の前髪を上げておでこに手を当てる。


「ひゃう……!」
「先輩、熱あったりします?顔、赤い気がして」


○○のせいでしょうが!

と、言いたいのは山々なんだけど、私の頭がショートしてしまって何も言い返せない。


「保健室とか行きます?」
「だ、大丈夫……!」

「そうっすか?ほんとにやばそうだったら言ってくださいね」


○○は再びグラウンドに向けて歩き出す。

普段はなまいきなくせに、細かい変化まで気が付いてくれる。

ただ、鈍感なのが玉に瑕。

ちょっとは私の気持ちに気付くとかないのか。




・・・




小さな背中が、水道の近くでしゃがみ込む。

ジャグの補給かな。

実戦練習は組が変わって俺は一旦休憩。

見たところ先輩一人だけでの作業っぽいし、手伝いにでも行ってあげよう。

俺が水道に着いたころには、先輩はジャグに水を汲み終わっていて、あとは運ぶだけの状態。

持ち上げようとした先輩が、ジャグの重さによろける。


「あぶな……!」


俺は咄嗟に先輩の肩を右手で支え、空いた左手でジャグを持つ。


「あぶないっすよ、アルノ先輩」
「ありがと」


慌てて先輩の肩に置いていた手を放す。


「先輩、力ないんすから、無理しないでくださいよ


俺は照れを軽口で隠す。


「なまいき!」
「ジャグ、俺が持ちますよ」

先輩からジャグを受け取って、グラウンドの方を向く。

……なんか、先輩顔赤くなかったか?


「先輩、熱あったりします?顔、赤い気がして。保健室とか行きます……?」

俺はそっと、先輩の額に手を当てて体温を確認する。


「だ、大丈夫……!」

口ではそう言う中西先輩。

だけど、以前顔は赤いまま。

それに加えて、瞳も揺れて……


「そうっすか?ほんとにやばそうだったら言ってくださいね」


そんなの、見ていられるわけないじゃないか!

かわいすぎるだろ!

俺は、なんだか恥ずかしくなって先輩に背を向ける。

先輩が、俺のこと好きだったらな……

なんて、無いか。


「っし……!」

残りの練習も、先輩にいいところ見せないとな。




・・・




部活が終わって、すっかり空は暗くなって。

ぽつぽつと点く部室棟の明かりが眩しいくらいの時間。


「先輩、送りますよ」
「いつもありがとね」

「まあ、先輩一人で暗い中帰らせたら何回転ぶかわかんないっすから」


馬鹿野郎!

そんなこと言いたいわけじゃないだろ!

でも、真っ向から本当のことを言うのは恥ずかしさが勝ってしまう。


「その通りだから言い返せない......」

頬を小さく膨らませ、眉をひそめながら、俺の方を上目で見つめる先輩。

その視線に、胸の奥がキュッと絞まる。


「は、早く行きましょう!遅くなっちゃいます」
「あ、待ってよ~」


急ぎ足で歩き出した俺に、先輩が小走りで追いついてくる。


「歩くの速いよ」
「すんません」

しょうがないじゃないか。

そうでもしないと、俺の心臓がもたない。


「最近、暑くなってきたね」
「そっすね」

梅雨も明けて、陽が落ちても暑さが厳しくなってきた。

と、言うことは。


「もうすぐ、大会だね」
「……ですね」

そう、もうすぐでインターハイ予選。

先輩たちの雰囲気はめちゃくちゃいいし、俺の調子も申し分なし。

全国だって夢じゃない。


「俺、頑張ります」
「気合十分だね」

そしてなによりも、中西先輩との夏を早々終わらせたくない。


「絶対、勝って見せます」
「うん。楽しみにしてるね」

優しく微笑んだ中西先輩。

俺は拳をグッと握り、星空に誓いを立てた。




・・・






夏の暑さが凄まじくにつれて、試合の過酷さも増していく。

チームの調子は順調そのもので、苦戦する試合こそあったけれど、何とか準決勝まで駒を進められた。


「よっしゃあ!今日も勝って、うちのサッカー部の歴史塗り替えようぜ!」


キャプテンの掛け声に合わせて、ロッカールームが盛り上がる。

そして、ぞろぞろとグラウンドになだれ込んでいく。


「よっし、今日も点取るぞー!」
「ふふ、期待してるよ、○○」


大口をたたく俺の背後から、中西先輩が声を掛けてくる。


「あ……せ、先輩!が、頑張ります!」
「緊張してる?さっきまではそう見えなかったけど」

「し、してないっす!」
「じゃあ、大丈夫だね」


中西先輩は、揶揄うように笑う。


「はい。いってきます」


その笑顔に背中を押されて、俺はグラウンドへ向かう。




・・・




干からびてしまうほどの暑い日。

灼ける様な日差しと、漂う蜃気楼。

インターハイ予選準決勝のグラウンド。

後半25分。

スコアは1-0。

気温は、38℃。


「○○……?」

膝を押さえて転がったまま、○○は動かない。


「○○!」

飛び出していったベンチの部員たち。

届いているのかもわからない私の声。

突然の出来事に、頭が理解を拒む。


「マネージャー、救急車!」
「あ……う、ん……」

私は、震える手でベンチに置いてあったスマホを手に取り、1,1,9と順にキーパッドを押していく。


「あ、あの……」

時間で見ればほんの十分も無かったのに、救急車がやってきて、担架に乗せられた○○が運ばれるまでの時間は永遠にも思えた。


「○○は……大丈夫……だよね?」
「…………なんとも、言えない」

みんなの顔が暗い。

反応も鈍い。

ああ、私よりもサッカーで起こりうるケガに詳しいみんなが言うんだったら……


「○○が居なくたって、俺たちはやれる!○○の決めた一点守り切って、あいつにいい報告してやろうぜ!」

こんな時に一番に声を掛けるのはやっぱりキャプテン。

だけど、気合だけで何とか出来るほど、現実というものは甘くなかった。




・・・




見るからに暑そうな日差しが窓の外に照る。

エアコンのついたこの部屋は、涼しさと退屈さで埋め尽くされている。

スコア1-3。


「はぁ……」

ため息が、充満していく。

右膝前十字靭帯断裂。

入院期間は一週間。

競技復帰までは八か月から、長くて十二か月。

高校でのサッカーは、絶望的。

全国大会が、目の前に見えていた。

可能性は、自分たちの代でも充分にあった。

だけど、もう……

リハビリをするのすら億劫。

サッカー部も、やめていいかな。

もう何もできないし。

先輩だって……もういない。

頑張る理由が見つからない。


「はぁ……」

ため息が、また一つ溜まっていく。

目に涙が滲む。

俺、何してんだろ。


「入っていい?」

病室のドアがノックされて、向こうから先輩の声がする。


「ど、どうぞ」

俺は慌てて涙をぬぐって、上体を起こす。


「調子はどう?」

夏の装いに身を包んだ先輩が、俺のベッドの傍らに置かれた椅子に座る。


「よくは……ないっすね…..」
「そうだよね」

「………………」

心に、引っかかった言葉。

この言葉、先輩に言っていいものなのか。


「あの……」
「どうかした?」

「俺、サッカー……もう、やめようと思ってます……」

先輩から顔を背けて。

ポロリと、口からこぼれる。


「もう、高校でのサッカーは絶望的で……。もし、来年の予選までにケガが治ったとしても、状態が上がるかどうか……。今みたいにプレーできる保証なんて……」

どうして……

こんなこと、先輩に言ったってどうなるわけでもないのに。


「…………」

先輩は、何も言わない。

失望しただろうな……

もう、顔も合わせてくれないだろうな……


「○○」
「先輩……?」

先輩の目が、真っすぐと俺を見つめる。

吸い込まれるほど、真っすぐに。




・・・




きっと彼の目には、この世界の全てが絶望的に見えているんだろう。

一年生の頃から彼はずば抜けていて。

秋になってチームが変わるころにはすぐにエースとして活躍していて。

弱音なんて、一度も吐かない。

いつだって先頭を走って。

いつだって、どんなときだって、無邪気な笑顔を浮かべて。

生意気で、自信家で、子供っぽくて、かわいくて、かっこいい。

そんな彼でも、


「もう、高校でのサッカーは絶望的で……。もし、来年の予選までにケガが治ったとしても、状態が上がるかどうか……。今みたいにプレーできる保証なんて……」

こんなことを言うなんて。

私は、ホッとした。


「○○」
「先輩……?」

○○の気持ち、わかるよ。

なんてこと、私の口からは到底言ってはいけない。

頑張れ。

負けるな。

立ち上がれ。

全部、全部、言ってはいけない。

じゃあ、私は彼に何を言える。

何を言ったらいい?


「○○」
「はい……」

「サッカーは、嫌い?」




・・・




「サッカーは、嫌い?」

先輩の言葉が心に沁みこんでいく。


「……いえ。大好きです。めちゃくちゃ、好きです」

顔を上げて先輩の方を向くと、優しく、包み込むような笑顔だった。


「さっきの、撤回させてください。俺、諦めないっす。絶対、来年のインターハイ、行ってみせます」
「うん。楽しみにしてる」

胸につっかえてた何かが取れて、なんだか気分も清々しい。


「今からめっちゃダサいこと言ってもいいですか?」
「なに?」

「俺、先輩のことが好きです」
「もう、なまいきなやつめ」

先輩は目を細めて、俯いて。

もう一回、俺の方を見て。


「遅いよ、バカ」

そう優しく呟いてから、そっと唇を重ねた。




・・・




今年も、相変わらず暑い夏だ。

インターハイ予選、準決勝。

相手のチームに決められて、スコアは1-1。

後半25分。

流れはやや不利。

掲げられるボード。

10の文字。

俺は久しぶりに、ピッチに足を踏み入れる。


「ただいま~」
「バーカ。主人公かよ、○○クンは」

「お前のこと、ここまで連れてくんの大変だったんだからな?」
「次はお前が俺たちのこと運んでく番だからな!」

チームのみんなのおかげでこの場所に戻ってこられた。


「頑張れ!○○!」

応援団の中から、俺の耳にはひと際はっきりと届く声。

視線の先には先輩。

先輩のおかげで、地獄みたいなリハビリも乗り越えられた。


「任せろって。ボール、困ったら俺に集めろ」

センターサークルにボールをセットして。

小さく、味方に向けて蹴りだす。

止まっていた時間が動き出す。

茹だるような暑さも。

接触の痛みも。

全部、関係ない。


「○○!」

開けた視界。

足元に収まったボール。

しっかりと踏み込んで、右足を振りぬく。

糸を引いたように、ボールは真っすぐゴールの右上に吸い込まれる。

一瞬、静寂が訪れ。

途端、地響きのような歓声に空気が唸る。

拳を固く握りしめ、

「よっ……しゃあ!」


喜びは、爆発して。

考える前に、一目散に足は走り出していて。


「○○!」

俺が指さす先。

アルノ先輩は、満面の笑みで頬に一筋涙を伝わせていた。





………fin

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