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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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密室を開く「ノイズ」ーミニ読書感想『娘が母を殺すには?』(三宅香帆さん)

密室を開く「ノイズ」ーミニ読書感想『娘が母を殺すには?』(三宅香帆さん)

書評家・三宅香帆さんの『娘が母を殺すには?』(PLANETS、2024年5月15日初版発行)が面白かったです。文学作品などでたびたび描かれる「父殺し」ならぬ、娘の「母殺し」。ジェンダー上女性の方が身に迫るテーマかと思いますが、男性・息子・父親の読者にとっても「密室的な関係・コミュニティから抜け出す方法」として読めます。

また、最近話題沸騰の、同じく三宅さんの著書『なぜ働いているのと本が読めなくな

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余白とピン留めー余録『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』

谷川嘉浩さんの『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(ちくまプリマー新書、2024年4月10日初版発行)の素晴らしさについては別の記事に書きましたが、そこでは書ききれなかったことがありました。それは「細部にこそ重要な何かがある」という話です。

この本は「衝動」とは何かを考える本で、上記引用部分のインタビューとは、衝動を探究するための「セルフインタビュー」という手法について語った部分です。メイン

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ケアとは物語の上書きーミニ読書感想『利他・ケア・傷の倫理学』(近内悠太さん)

ケアとは物語の上書きーミニ読書感想『利他・ケア・傷の倫理学』(近内悠太さん)

近内悠太さんの『利他・ケア・傷の倫理学』(晶文社、2024年3月30日初版発行)を、興味深く読みました。利他とケアと傷。この三つの言葉のうち「ケアとは何なのだろう」と考えたくて読みました。それは、物語を上書きすること。踊り疲れた人がそれでも舞台を降りないでいいよう、包摂の物語を紡ぐことだと教わりました。

本書の冒頭で提示されるケアの定義は、「他者が大切にするものを大切にする」というもの。これを出

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隙間を埋めるスキーマーミニ読書感想『学びとは何か』(今井むつみさん)

隙間を埋めるスキーマーミニ読書感想『学びとは何か』(今井むつみさん)

言語心理学者・今井むつみさんの『学びとは何か』(岩波新書、2016年3月18日初版発行)が学びになりました。話題になった『言語の本質』より前に出版されたものですが、物事の習得・熟達はどのように進むのか、「生きた知識」とはどういうものを指すのかといったテーマはこちらの方が深められる気がします。今井言説のキーとなる「スキーマ」の概念も、本書の解説が分かりやすかったです。

ダジャレのようなタイトルにし

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改革者でも弱者でもないーミニ読書感想『他者といる技法』(奥村隆さん)

改革者でも弱者でもないーミニ読書感想『他者といる技法』(奥村隆さん)

社会学者・奥村隆さんがもう30年ほど前に書かれたという『他者といる技法』(ちくま学芸文庫、2024年2月10日初版発行)が面白かったです。平易な言葉だけで、社会の複雑さを解きほぐす。複雑さとは、社会はそこに生きる私たちにとって善い面と悪い面の両方を含むこと。「当たり前じゃないか」と思ってしまう結論を、「言われてみればそうだな」という道筋で考えさせてくれる。

社会は複雑である。他者は時に、不気味で

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言葉の接地とメンタルモデルーミニ読書感想『ことば、身体、学び』(為末大さん&今井むつみさん)

言葉の接地とメンタルモデルーミニ読書感想『ことば、身体、学び』(為末大さん&今井むつみさん)

為末大さん&今井むつみさんの『ことば、身体、学び』(扶桑社新書、2023年9月1日初版発行)が学びになりました。タイトルの3要素の関係を追求する本。つまり「言葉のメタファーで身体動作がやりやすくなるのはなぜか」「言葉が分かることと、身体動作ができることにつながりはあるのか」といった問いを考える本でした。

メモしておきたいと思ったのは「接地」と「メンタルモデル」という二つの概念。これは、ASD(自

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人生がどうしようもなく変わってしまったときにどう生きる?ーミニ読書感想『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(谷川嘉浩さん)

人生がどうしようもなく変わってしまったときにどう生きる?ーミニ読書感想『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(谷川嘉浩さん)

哲学者・谷川嘉浩さんの『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(ちくまプリマー新書、2024年4月10日初版発行)が、学びになりました。衝動とは、自分でもコントロールできない、人生の針路を変えてしまうエネルギーのこと。これは人間内部から起こるモチベーションとは必ずしも一致しなくて、外部からやってくるものでもある。タイトルはポジティブですが、私はこれは、事故やトラブル、予期せぬ人生の転機に「それでも

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定型発達者に自閉症者の何が分かるのかーミニ読書感想『自閉症の僕が跳びはねる理由』(東田直樹さん)

定型発達者に自閉症者の何が分かるのかーミニ読書感想『自閉症の僕が跳びはねる理由』(東田直樹さん)

重度自閉症で会話が難しいなか、文字盤やパソコンによるコミュニケーション方法で発信を続ける東田直樹さんの『自閉症の僕が跳びはねる理由』(角川文庫、2016年6月25日初版発行)が、衝撃的でした。執筆当時13歳。「話せない」ということで顧みられなかった、内なる心、豊かな言葉。まっすぐに読者に届けてくれています。

私が買ったもので42刷。ASD(自閉スペクトラム症)当事者の本がこれだけ読まれているとい

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すこし不思議でシリアスで不思議―ミニ読書感想『冬に子供が生まれる』(佐藤正午さん)

すこし不思議でシリアスで不思議―ミニ読書感想『冬に子供が生まれる』(佐藤正午さん)

佐藤正午さんの最新作『冬に子供が生まれる』(小学館、2024年2月4日初版発行)は、佐藤作品らしさ全開、佐藤作品ど真ん中の物語でした。SFをサイエンス・フィクションではなく「すこし・不思議」の略だと解釈したのは藤子・F・不二雄さんだったか。佐藤作品もまさにすこし・不思議で、かつ、シリアスで不思議(SF)なのが良さだなと思います。

「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」(p5)。

本編の1ページ

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孤独につながるーミニ読書感想『つながる読書』(小池陽慈さん)

孤独につながるーミニ読書感想『つながる読書』(小池陽慈さん)

予備校で現代文を教える小池陽慈さんが編者となった『つながる読書』(ちくまプリマー新書、2024年3月10日初版発行)が面白かったです。副題は『10代に推したいこの一冊』。小池さんとつながりのある研究者やエッセイストらが、若者に薦める渾身の一冊をプレゼンするという内容です。その熱量は、10代をとうに過ぎたアラフォーにも響きました。

紹介される本は十人十色。だけど、プレゼンターたちには本を愛する気持

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読みたかったのは私だけではなかったーミニ読書感想『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆さん)

読みたかったのは私だけではなかったーミニ読書感想『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆さん)

書評家・三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書、2024年4月22日初版発行)が面白かったです。これほど心に刺さるタイトルもありません。ほんとに、なぜ?なぜ仕事を一生懸命やって、こんなに頑張っているのに、大好きな本を読めないのだろう。本書は、本好きにとって切実な問いに、真摯に向き合ってくれる。悩む私と同じように向き合ってくれるから勇気が湧く。

「そんなの、仕事で疲れる

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手拍子でビートルズーミニ読書感想『実験の民主主義』(宇野重規さん)

手拍子でビートルズーミニ読書感想『実験の民主主義』(宇野重規さん)

政治思想研究者の宇野重規さんが、『WIRED』や『さよなら未来』で知られる若林恵さんを聞き手に語った『実験の民主主義』(中公新書、2023年10月25日初版発行)が学びになりました。民主主義の在り方やプラグマティズムがテーマですが、自分は療育や障害者のインクルージョン(社会包摂)の観点から読みました。

本書は、立法府中心に捉えられてきた民主主義を、行政のDXを主軸に考え直すことをテーマにしていま

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AUT VIAM INVENIAM AUT FACIAMーミニ読書感想『世界はラテン語でできている』(ラテン語さん)

AUT VIAM INVENIAM AUT FACIAMーミニ読書感想『世界はラテン語でできている』(ラテン語さん)

ラテン語さんの『世界はラテン語でできている』(2024年1月15日初版発行、SB新書)が、シンプルに面白かったです。世界史、政治、宗教、エンタメ…さまざまな分野に今も根付き、数々の言葉の語源になっているラテン語。その魅力を次々披露してくれる、豆知識・トリビアの本です。気軽に読めて、確実に「へ〜」と驚ける。

特に興味深かったのは、世界史のさまざまな場面で登場するラテン語でした。世界史好きには刺さる

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取り替え不可能な人生のための哲学ーミニ読書感想『訂正する力』(東浩紀さん)

取り替え不可能な人生のための哲学ーミニ読書感想『訂正する力』(東浩紀さん)

東浩紀さんの『訂正する力』(朝日新書、2023年10月30日初版発行)が学びになりました。今までの自分は間違っていたかもしれない、至らなかったかもしれない。そう認める訂正の力。歴史修正主義とは異なる訂正のスタンス。それは、固有で取り替えの効かない人生を生きるために必要だと分りました。

訂正と聞いて、いいイメージは浮かばない。なるべくなら、間違いのない方が良いとつい思ってしまう。そして、訂正は修正

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