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土居豊の文芸批評・YouTube講座編【姓名文学のすすめ あなたと同姓同名の主人公】第2回 小説の登場人物名〜鴎外と藤村の「小泉」など、近代文学編

土居豊の文芸批評・YouTube講座編
【姓名文学のすすめ あなたと同姓同名の主人公】第2回 小説の登場人物名〜鴎外と藤村の「小泉」など、近代文学編




※前回
土居豊の文芸批評・YouTube講座編【姓名文学のすすめ あなたと同姓同名の主人公】第1回 村上春樹と村上龍〜ペンネームと本名について

https://note.com/doiyutaka/n/nd61273aab534



概要



近代文学の代表的な小説には偶然、同じ苗字や同じ名前の登場人物がいる。
作家は自作の人物名をどのように決めた?
想像上であっても名前はその人物の性格を左右する。
例えば、森鴎外『青年』と島崎藤村『家』は、内容は対照的だが、主人公の苗字は同じ「小泉」だ。
また、日本近現代小説のヒロイン名は、なぜか3文字名が多い。ヒロインにふさわしい名前、というのはどんな名前?




⒈ 夏目漱石の場合


(1)『明暗』と『こころ』

関清子(『明暗』のヒロイン)&関(『こころ』の「私」の妹の夫)

関清子(『明暗』)は、「謎の美女」キャラ。主人公の津田を翻弄する、ファムファタール(運命の女)のイメージ。
一方、関(『こころ』の「私」の妹の夫)は、律儀な田舎の勤め人だ。
なお、『坊っちゃん』の主人公の下女・清は、清子の原型といえるかもしれない。


(2)漱石の登場人物名の変化

1)漱石最初の小説『吾輩は猫である』の場合、奇妙な名前をつけてユーモアを表現している。

珍野苦沙味(ちんのくしゃみ)、迷亭(めいてい)、水島寒月(かんげつ)、金田鼻子(かねだはなこ)、多々良三平(たたらさんぺい)など。

2)『坊っちゃん』の場合も、あだ名をつけてフィクションを強調している。

坊っちゃん(旗本の子孫)、山嵐(会津出身)、赤シャツ、たぬき、のだいこ、うらなり、など。
下女の清だけは、本当の名前で呼ばれている。清という名前は、のちの『明暗』でもヒロインの清子として用いられる。

3)朝日新聞専属となった最初の小説『虞美人草』の場合、主な登場人物の名前は、稀な名字を用いて覚えやすいよう工夫しているようにみえる。

甲野欽吾、甲野藤尾、宗近一、宗近糸子、小野さん。

4)『三四郎』の場合、主役の二人はどちらも名族の名字を用いて、個性を際立たせている。

ヒロインの里見美禰子。里見家は清和源氏義家流で、家紋は十六葉菊。
主人公の小川三四郎。小川家は藤原氏秀郷流、家紋は桐。

5)『それから』の場合、『三四郎』の場合と同じく、名族の名字を用いる。

主人公の長井代助。長井家は平氏良文流、家紋は七曜。
旧友の平岡常次郎とその妻・三千代の平岡家は、藤原氏流で、家紋は銀杏。

6)『こころ』の場合、主な登場人物に、ほとんど名前をつけないのが特徴だ。

主人公の一人であるKも、あえて頭文字にしてある。例外は、脇役の関(私の妹の夫)。




⒉ 森鴎外の登場人物の場合


(1)『舞姫』の場合、主人公はいかにもエリートらしく、名族の名字をつけている。

太田豊太郎、太田家は清和源氏頼光流で家紋は桔梗。

(2)『青年』の場合、群像劇であるため、登場人物の区別をつけやすいように、名字も名前も重ならないよう工夫している。

小泉純一、大石、瀬戸速人、大村荘之助、高畠詠子、中沢雪、三枝茂子。

(3)『雁』の場合、登場人物の名前がほとんど仮名であるような印象。

岡田、末造、玉。

(4)『ヰタ・セクスアリス』の場合、回想小説であるため、いかにも本当らしい名前をつけている。

金井湛(しずか)、勝、埴生庄之助、鰐口弦(わにぐちゆずる)、尾藤裔一(えいいち)。


⒊ 島崎藤村の登場人物の場合


(1)『夜明け前』の場合、自分の父をモデルとした歴史小説として書かれているので、時代背景にふさわしい名前の付け方をしている。

青山半蔵。青山家は藤原北家、花山院流青山氏。家紋は青山菊。
ちなみに、藤村の島崎家の祖は、相模国三浦氏支流という。木曽家の家臣で、木曽谷の本陣や庄屋、問屋を担う名族。藤村の父・正樹(『夜明け前』の半蔵のモデル)は、十七代当主で平田派国学者だった。

(2)『破戒』の場合、西洋の自然主義小説を模したため、いかにも本当にありそうな名前をつけている。

瀬川丑松の瀬川家、紀氏流で家紋は筏。

(3)『桜の実の熟する時』と『春』の場合、私小説的ではあるが、西洋の自然主義小説に近い書き方のため、現実にありそうな名前の付け方。(岸本捨吉)

(4)『家』の場合も、『桜の実の熟する時』と『春』の場合と同じ傾向だ。(小泉三吉)


⒋ 鴎外・漱石から島崎藤村への時代の変化


鴎外、漱石、藤村はほぼ時代が重なっていて、互いに影響を与え合っている。
森鴎外『青年』の主人公・小泉純一と、島崎藤村『家』の主人公・小泉三吉は同姓だ。
小泉家は、小笠原政康から上松泰清(今川義元の家臣、駿州小泉郷)へと続く名族で、家紋は重ね菱。




⒌ その他の文豪の登場人物名


(1)志賀直哉『暗夜行路』の時任謙作、直子

自伝的小説『暗夜行路』の場合、最初は、主人公の名前「時任謙作」がそのまま題名になっていた。題名にふさわしい印象的な名付けを考えたとおもわれる。


(2)川端康成

川端の人物名の付け方は、いかにも実在の人物にみえる名前を、巧みに振り当てている。
『雪国』の島村。
島村家は藤原氏流、家紋は桜。
『古都』の佐田千重子、水木真一。
佐田家は村上源氏流、家紋は鞠挟み
『山の音』の尾形信吾。


(3)太宰治『人間失格』

太宰は人物に名前を付けない場合も多いが、名付ける場合は、いかにもありそうなネーミングをする。
大庭葉蔵の大庭家は、梶原氏で家紋は大の字。


(4)谷崎潤一郎

谷崎の場合、作品の世界観によって名付け方が異なるのが面白い。
『痴人の愛』の河合譲治。
『細雪』の蒔岡家。


(5)三島由紀夫

三島は、いかもにありそうだが実際にはあまりみかけない名字など、たくみな名付け方をする。
『鏡子の家』の杉本清一郎、舟木収、山形夏雄、深井峻吉。
『潮騒』の久保新治、宮田初江。
『美徳のよろめき』の倉越節子、倉越一郎。
『午後の曳航』の塚崎竜二、黒田房子、黒田登。
『豊穣の海』4部作の本多繁邦、松枝清顕、安永透。


⒍ ヒロインの名はなぜ三文字?


日本人女性の名前は、古典の中にはほとんど表れない。ひらがな二文字名を元に、お〜を付けるか、〜子を付けるパターンが多い。必然的に、三文字名になりやすい。

(1)夏目漱石の場合
里見美禰子(三四郎)、三千代(それから)、清子 お延(明暗)

(2)森鴎外の場合
エリス(舞姫)、お玉(雁)

(3)志賀直哉の場合
直子 愛子(暗夜行路)

(4)三島由紀夫の場合
節子(美徳のよろめき)、初江(潮騒)、房子(午後の曳航)

(5)川端康成の場合
薫(伊豆の踊り子)、駒子 葉子(雪国)、佐田千重子(古都)

(6)谷崎の場合
ナオミ(痴人の愛)、園子 光子(卍)、福子 品子(猫と庄造と二人のをんな)、妙子 雪子 幸子 鶴子(細雪)




※参考資料

【「明暗」の人名について 漱石の作中人物の命名法の考察】福田金光 著 1975年


https://core.ac.uk/download/pdf/230441827.pdf


(第3回へ続く)


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