長夜の長兵衛 蛙始鳴 (かわずはじめてなく)
袋角
一行は地蔵さんの辻を越えて峠へ向かい、山の深いところまで分け入った。金兵衛は夏の早い時期に沢の見廻りを始めるのだが、銅十郎はついに、お供を許された。長らくの弟子入り志願が、第一歩を踏み出したかたちである。
十二のとしを迎えて背も伸びたとはいえ、大人の足に合わせるは易しいことではない。
向こう岸の葉陰が動いた。先頭をゆく銀兵衛と、その後ろの金兵衛は止まり、大きな鹿が見えなくなるまでじっとしている。その間に追いついた銅十郎、息を整え、ややあって尋ねる。
金兵衛さん。なぜに鹿の角は秋に落ちて、春にまた生えますか。丸かったのが夏になれば固くとがり、そして抜け落ちる。なぜにずっと立派なままではいられないのですか。
なに、花が日に向かってひらき、土に向かって種を差し出す。同じ道理だ。
そんなら、蛙が鳴きだすのも、そのうち止んでしまうのも。
そうな。なんの難しいことでもない。
腹が鳴るのもそういうこと、しんがりにあった長兵衛は独りごちる。
<了>
Photo AC by Reimi
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また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
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